お見送り飯

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「嬉しい事を言いますね!」  店員さんはお釣りを渡しながら顔を輝かせた。 「社員旅行でオーストラリアに行った時、毎日がお肉だったんですよ。最初は良かったんですけどすぐに飽きちゃって」 「それは大変でしたね」 「で、日本に帰ったら、炊飯器一杯の白いご飯で鯖缶とか納豆を食べました」  店員さんは笑う。ジョークの内容が通じているようだ。 「そうですよね。昔はお米をお腹いっぱいに食べるのが普通だったんですけど」  私は店員さんの思い出話を聞いた。  鉄道の運営が国鉄だった、昭和中頃の日本はまだ洋食も洋菓子も珍しい時代だった。もちろん、お金を払えば食べられたが、レストランやケーキ屋そのものが少ないので到底無理な話だ。ましてや、お肉や卵なんて今ほど流通してない。魚だって限られた存在だ。  そんな時代に洋食を作るとしたら、ご飯を基本とする料理になるだろう。ビフテキとかハンバーグとかエビフライに比べたら似て異なるが、当時の人達には立派な洋食として成立する。インド伝来のカレーライス。ヨーロッパのカツレツを発展させたカツ丼。中華ならチャーハンや天津飯など。  オムライスもその中に入る米料理の洋食だ。当時まだ珍しいケチャップでご飯に味を付け、極力少ない数の卵を薄く延ばして包んだオムライス。  今ではレストランどころか、デパ地下やコンビニで当たり前のように洋食やケーキが手に入る。昔の人達が積み上げた努力のおかげで豊かな料理がある事を感謝しなくては。  そんな事を考えながら私は店を出た。店を出る前、厨房に若い男の人が見えた。  たぶん、息子さんだろう。こうしたお店は記憶を繋ぎながら次の時代も残って欲しい。  こうして、今回の私のお見送りの食事は終わった。  駅に行くまでの途中に見つけた小さなパン屋さんで生クリームタップリのあんサンドを買って、帰りの新幹線で食べよう。
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