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エピローグ
今日は、荒瀬家で勉強会。ローテーブルに向かい合って座る二人の間に、約束通り佐和が同席する。
佐和は兄の利人にも、幼馴染みの夢吾にも、何も言わないし、何も聞かない。ただ黙々と勉強に励んでいる。
静かな部屋の中に、カリカリと文字を書くペンの音だけが響きわたる。その時、部屋の沈黙を破るように電子音が流れた。佐和のスマートフォンが、小刻みに揺れている。
佐和は嬉しそうに微笑むと、少し用事があるからと、スマートフォンを抱え部屋を出ていく。部屋の扉を閉める直前『ちょっと』と、兄に手招きをした。呼ばれた利人は佐和の元へと向かう。
「どうした?」
「わたしが部屋に戻るまで。……変なこと、しないでね?」
利人の顔が朱色に染まる。
「するか!」
利人は怒鳴り、乱暴に扉を閉めると、夢吾の向かいに腰かける。そして再び、勉強を始めた。
ノートを押さえる利人の左手が、夢吾の右手と向かい合わせに並ぶ。いつかのように。あの時触れられなかった手が、利人の目の前にある。
「オレ、左利きで良かった……」
夢吾がそっと右手を伸ばし、利人の左手に重ねる。言葉を交わさなくても、想いは同じ。二人は無言のまま、指を絡めあった。
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