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椎名先生
ノックの音に、母親達の顔が強ばる。重い空気を割って部屋に入って来たのは、椎名先生だった。
「……失礼します」
扉が閉まるのを確認してカギをかけると、先生は話を始めた。
「問題になった、写真の事ですが」
チラリと俺を見ると、椎名先生は微笑んだ。その笑顔に、少しだけ安堵する。
「写真を録った生徒には、許可をとって削除させました。他の生徒達にも、この件を広めないようにと、忠告しておきましたので。どうぞ、ご安心ください」
忠告。他の部員達はともかく、山東はそれで大人しくなるだろうか。夢吾に気があるのは、間違いないと思う。
「「ですが‼」」
母親達の声が重なる。椎名先生は息を吸うと、力強く言った。
「人が人を好きになるのは、いけない事でしょうか?」
椎名先生は俺の疑問を代弁するように言った。母親達は顔を見合せ、黙ってしまう。
少しだけ、時間をください。そう言って、椎名先生が再び話を始めた。
「本校は、以前、男子校でした」
そうだ。俺達が入学する少し前まで、この高校は男子校だった。でも、それと俺達の事と、なんの関係があるんだろう?
「同性を好きになる。当時も、そんな生徒は、少なくありませんでした。今は共学になり、目立たなくなりましたが……。今も悩んでいる生徒は、少なからず居ます」
俺達だけじゃ、無かったんだ。そう知った瞬間、目から熱いものが流れ落ちる。拭っても、拭っても、それは溢れて止まらない。
同性を好きな人が、同じ学校に居る。同じ悩みを抱える人が身近に居ることは、俺の心を軽くした。
「でも……。部活は、続けられないでしょう?」
夢吾の母親が、心配そうに訊ねた。椎名先生は、優しく微笑んで答える。
「生徒達とは、一人一人、個別に話をしました。二人の仲の良さは、皆が知っています。友達同士の悪ふざけだから、大事にしないで欲しい。事情を知る生徒達には、そう頼んでおきました」
友達同士の悪ふざけ、か。俺も夢吾も、悪ふざけで、あんなことをしたりしない。それは皆だって、わかっているはず……。
皆に言い訳しないと、夢吾の側には居られない。その事実が、苦しくて悔しい。俺と夢吾は、もう友達では居られないだろう。先月の夢吾の気持ちを今になってやっと理解した。友達の一線を越えてしまったら、もう後戻りは出来ないんだってことを。
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