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 久保田 真司(くぼた しんじ)課長補佐と出会ったのは、今から二年前の春。  新入社員で入ってきた僕に、まだ主任という役職だった久保田さんが、教育係として毎日根気よく仕事を教えてくれた。  男女問わず、思わず二度見しちゃうくらい目を引く容姿を持ちながら、気さくで、人当たりが良くて、おまけに超が付くほど優しい人。  あんまり物覚えがよくない僕は、物心付いた頃から「天然」だなんて不名誉な称号を付けられてるけど、そんな自覚はないし、今でもそう言われたら全力で否定している。  そうは言いつつすぐにポカしちゃう僕に、久保田さんは「仕方ないな」と怒ったフリして、どこがいけなかったのかを丁寧に説明してくれた。  自分の仕事を後回しにして、僕が理解出来るまで付きっきりで、だ。  仕事も完璧にこなし、若干二十九歳で課長補佐となった久保田さんは、来年の春には正式に課長に昇進するらしい。  僕なんか、まだまだ久保田さんの足元にも及ばない。  隣に並んで歩いてるだけで、ちょっと申し訳なさを覚えてしまうくらい、なんで僕なの?って…毎日思ってる。  ───それは仕事面だけじゃなく、プライベートでも。 「未南(みなみ)、りんご飴あっちにあったぞ」 「…………………」 「未南?」 「……えっ、あ! はい、焼き鳥ですか!」 「違うよ、りんご飴。 食った事ないから食ってみたいって言ってたろ」 「はい、りんご飴ですね、はい!」  なんで急に焼き鳥が出てくんだよ、と屈託なく笑う久保田さんが、人混みに紛れていきなり僕の腰を抱いた。  驚いて離れようとしても、腕の力は増すばかり。  僕より頭一つ分以上は背が高い久保田さんは、体どころか肩幅も華奢な僕の事なんか、その逞しい腕一つで支えられるみたいだ。  久保田さんは女性社員からもたくさんお誘いがあるの知ってるのに、なんで僕を選んでくれたんだろう…って、付き合って一年が経つのにまだどこか信じられない気持ちでいっぱいだ。  『去年は仕事が立て込んでて来られなかったから、今年は絶対に行こうな』  先月、甘い時間を過ごした直後に突然こんな事を言われて、最初はなんの事だか分からなかった。  まさか花火大会と夏祭りに行こうっていうお誘いだなんて思わなくて、意味を理解した僕は嬉しくて舞い上がった。  浴衣を着てささやかにおめかしして、二人で並んで歩く僕達の姿は……他人からはどう見えてるんだろう。 「未南、酔った?」 「え?」  久保田さんが買ってくれたりんご飴をかじって口の中が甘さでいっぱいになった時、ふと顔を覗き込まれた。
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