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─3─
どうやら「真ちゃん」とは久保田さんの事らしい。
親しげに名前で返した久保田さんも、この女の人の事を知ってるみたいだ。
加奈と呼ばれたその人は、本人と同じような見た目の派手な友達と二人でここへ来ているようだった。
「やだ、こんなとこで会うなんて運命じゃない!?」
「加奈、この人知り合いなの?」
「知り合いっていうか、元カレ〜」
「えぇ!? 加奈にこんなイケてる彼氏居たんだ!」
……っえぇ!? も、元カレ!?
加奈さんの友達と一緒に、僕も久保田さんを見上げてめちゃくちゃ驚いた。
衝撃の再会を目の当たりにして、周りの目が嫌だって凹んでるどころじゃなくなった。
久保田さんの過去なんて知らない方が幸せだと思って、今まで何にも聞いた事無かったから…急に耳と目を同時に塞ぎたくなる存在が現れて、もっともっと嫌だった。
「お前変わんねぇな。 ケバいからその化粧やめろって言ったのに」
「真ちゃんと付き合ってた時は薄化粧だったでしょー?」
「どこがだよ」
「ふふふっ。 ……で、そちらは?」
───嫌だ。 嫌だ。
仲良しな会話なんか聞きたくない。
二人にしか分からない会話なんてしないで。
ほら、加奈さんの友達も、唖然と二人の様子を見守る事しか出来てないよ。
人でごった返してるから、自然と二人は会話するために少しだけ距離を詰めてる。
僕の腰を抱いてた腕もいつの間にか解かれていて、それが何だか不愉快だった。
加奈さんが僕に視線を寄越す。
とても目なんて見られなくて、僕じゃない人と親密に話す久保田さんの姿も見ていたくなくて、僕は慌てて近くにあったトイレを指差した。
「あ、あの! この棒捨ててきます。 ついでにお手洗い行ってきていいですか? 手がベタベタで…」
「いいよ。 俺も付いて行こうか」
「い、いえ、大丈夫です! 中も人凄そうだから、ここで待っててください!」
そう言って、僕は走ってその場から逃げ出した。
ご馳走様でした、と言いながら棒をゴミ箱へ捨てて、ベタベタなのは本当な手を洗うべく、そのまま男子トイレに向かう。
「………なんで元カノさんなんかに会っちゃうかなぁ……」
手洗い場も外まで行列が出来ていて、大人しく最後尾に並んで順番待ちをしながら独り言が漏れた。
久保田さんの地元はこの辺じゃないって聞いてたから、加奈さんの言う通り「運命」という言葉が一瞬よぎる。
二人がどんなタイミングで、どれくらい付き合ってたのかなんて知りたくもないけど、気になってしまうのは仕方ない。
夏祭りに来てる人はみんな、浮かれてるから。
友達同士ではしゃぐために来てたり、カップルでデートとして楽しみに来てたり、単純にこの賑わいを味わうために来てる人も居ると思う。
加奈さんも、この異様な雰囲気に呑まれてテンションが上がってて、しかも元カレに偶然再会したとなれば声を掛けてきて当然だ。
僕も……デートとして来てるつもりで、久保田さんももちろんそうだって分かってるんだけど…。
どうしても、久保田さんと加奈さんのツーショットが頭から離れない。
なんで僕なの?って、そんな、久保田さんを困らせてしまうような事はまだ言った事はない。
仕事もなかなか覚えられなくて、未だに「未南は天然だな」って同僚から笑われる僕なんかに、密かに「いいな」と想ってた久保田さんの方から告白してくれたんだ。
だから、自信を持ってたいのにな。
………でもそんなの…持てないよ。
だって「僕」だよ。 「私」じゃないんだよ。
───ううん、たとえ「私」だったとしても、僕は、久保田さんの隣で自信を持って隣に並べてる気は……しない。
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