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 ───そりゃあ、久保田さんはモテモテだっただろうから彼女の一人や二人は居たって分かってたけど。  いざ鉢合わせしてリアルな元カノさんを見てしまうと、心が動揺しちゃってダメだ。  今、久保田さんの恋人は僕なんだから動揺する必要なんてないのに…。 「ねぇねぇ、君、ここ男子トイレだよ?」  黙って手洗い場の行列に並んでると、後ろから突然背中をツンツンされてビクッとした。  振り返ると、その見た目だけで学生だと分かるくらい若い男が、真剣に僕を見ていた。  …失礼な。 ここが男子トイレだって事くらい分かってる。  そこまで天然じゃないよ、僕。 「分かってます。 僕男だからここで合ってます」 「え!? マジで? そんなべっぴんさんなのに、こーんな地味な浴衣着て勿体ねぇと思ったら…男だったの」 「………あなた失礼な事言いまくってるの、気付いてますか?」  手洗い場の順番が来て手を洗ってると、横に青年が張り付いてくる。  本気で女の子と間違えられてたらしいと分かって、ハンカチで濡れた手を拭いながら青年を睨んでしまった。 「ごめんごめん! ねぇ、俺と屋台回んない? 彼女にドタキャンされてさぁ〜。 ムカつくから意地でこの時間まで一人で回ってたんだけど、そろそろ限界になってきた」  寂しいぜ!と叫ぶ青年は、トイレから離れてく僕のあとをまだ付いてくる。  人混みの中でもその悲痛な叫びは響いたみたいで、何事かと何人かに振り向かれた。  ………失礼な事を言うこの青年も、実は可哀想な目にあったんだ。  悪い人には見えなかったから、立ち止まってそのドタキャン話を聞いてあげようかなという気になる。  ───今戻っても、久保田さんの元カノさんがまだ居るかもしれないと思うと、戻るに戻れないし…。 「ドタキャン…夏祭りでですか」 「そう! たぶん本命に持ってかれたんだね〜。 俺いっつも二番手なんだよ。 相手が本気になってくれない…っていうやつ?」 「………本気に…」  僕と同じで、青年も浴衣を着て髪型もバッチリ決めておめかししてる所を見ると、ドタキャンされたっていう女性との夏祭りをきっと楽しみにしてたんだと思う。  話し方や表情が人懐っこいから、友達止まりになっちゃうって事なのかな。  青年は、立ち止まった僕の前に回り込んで、人の良さそうな笑顔を浮かべてニコニコした。 「俺と違って君は一人じゃないかもしれないけど、友達と来てるんだとしたら抜け出して俺と回ろ? これから花火大会も始まるし、ドタキャンされた俺を慰めてよ〜」 「えっ…ダメ、です…。 無理です」 「なんでなんで〜? いいじゃん〜! っ包囲!」 「あぅっ…。 ちょ、離してくださいっ」  屈託のない穏やかな笑顔に騙された。  青年は人混みに紛れて僕をギュッと抱き締めると、寂しいからって言い訳じゃとても足りないくらい力を込めてきた。  砂利を踏み鳴らしてもがいてみても、僕は非力で何の抵抗にもならない。 「うわー君ちっちゃいね、可愛い〜。 君だったら男でもいけそ! ねぇねぇ、慰めて慰めて〜」 「ダメですっ。 僕は、その…恋人と来てるから!」  いくらドタキャンされて寂しいからって、たまたま話し掛けた相手に慰めを求めるなんてどうかしてるよ!  ふざけるにしても質が悪い!
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