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「離して」と言ってるのに全然離してくれないし、思い切って恋人と来てるって言ってみても青年の力は解かれなかった。
「こんな人混みに君みたいな可愛い子を一人で歩かせるなんて、恋人失格じゃない? 相手は男? 女?」
「…………ッ!」
場に居づらくなった僕が一人で行動しただけなんだから、久保田さんを悪く言うのが許せなくて顔を上げた瞬間、グイと誰かに腕を引っ張られた。
青年の抱擁から解放されて安堵したのも束の間、明らかに不機嫌そうな僕の恋人が青年をキッと睨み付けている。
「そうだな。 こんな事をされる危険があるのが分かっていて、一人でフラフラさせた俺は恋人失格だ」
「………っ久保田さん!」
「行くぞ、未南」
僕の腕を掴んで歩く久保田さんは、不機嫌を通り越して怒ってるように見えた。
青年から足早に離れて屋台通りを抜け、人通りの少ない場所へやって来ると、いきなり立ち止まって僕を振り返る。
………あ…めちゃくちゃ怒ってる顔だ。
僕がどんなポカしてもこんなに怒った顔は、見た事ない。
「あの男と花火見るつもりだったのか?」
「えっ?」
「なかなか戻って来ないから心配で来てみれば…」
「いや、あの…っ、違います! 僕は…っ」
「恋人失格だって、俺」
「違う! 名前も知らないあの人の言う事なんか、気にしないでください!」
僕が初対面のあの人と花火を見るなんてあり得ないよ…!
怒った顔で詰め寄ってくる久保田さんが怖くて、僕はジリジリと後退ってしまう。
助けてくれてありがとう、って言いたかったのに、こんなに怒られたら何も言えないよ…。
「………未南、分かってる? 俺毎日焦ってるんだよ。 いつ未南が俺と別れたいって言い出すか分からないから」
「なん、…なんでそんな…」
「未南は俺の事、好きって言ってくれた事ない。 付き合ってから一度も」
「………え…………?」
人気のない境内に、久保田さんの寂しげな声が静かに響く。
僕、言った事…無かった……の?
久保田さんはそれこそ、毎日毎日言葉やメッセージで「好き」って伝えてくれてたのに、僕は何も返してあげてなかった…?
恐る恐る久保田さんを見上げると、左のほっぺたを彼の温かい手が包み込んだ。
「俺を特別扱いしてくれるのは変わらないし、熱視線もちゃんと感じるし、好きって言葉はなくても気持ちが繋がっていればいいかなと思っていた」
「…………………」
「でも、もう限界。 未南からの好意をきちんと言葉にしてほしい。 …これはワガママか?」
「…そんな…ワガママ、なんて……」
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