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西郷神社
最近、私はおかしい。シャンプーをしたことを忘れて2回も頭を洗ったり、コンビニに行ったのに何を買うのか忘れてしまったり、自転車に乗っていたとき車に跳ねられそうになった。
ソファに寝そべり私は溜め息を吐いた。
「竜二さんどうされたの?」
美奈子がクッキーを焼いて持ってきてくれた。
日東の紅茶を飲みながら食べた。サクサクしてて美味しい。
「最近、調子がおかしいんだ?」
テレビをつけようとしてリモコンを取ったら、エアコンのだった。
「認知症なのかな?」
フラフラして、好きだった将棋も最近ご無沙汰だ。
ジョンが心配してすり寄って来た。クゥーンと鼻を鳴らした。今度は何が起きるんだ?
私はジョンを連れて散歩に出た。少し運動しないとな?引退してから家で本を読むことばかりになった。日暮れの西郷神社にやって来た。西郷隆盛の弟、西郷従道が祀られている。11月に入って2週間が過ぎた。街路樹の葉が木枯らしに舞う。西郷従道は明治の元勲だ。大山元帥は陸軍の元帥だったが、彼は海軍の元帥だ。
1880年代には急速に進んだ那須野が原開拓が行われ、大規模な華族農場が成立したが西郷従道はその先駆けだった。
木造の社殿はなく、鳥居も1つしかない。四方には来住が配されており、柱には登り龍と下り龍だ。屋根の上にも凄まじい形相の神獣がいる。
私はタイムマシンを使って明治時代に行ったことがあるが、隆盛と違ってグイグイ部下を引っ張っていくタイプじゃなかった。
あ~フラフラする。貧血だろうか?
つむじ風がヒュウヒュウと巻き起こり、うず高く積もっていた落ち葉が舞い上がる。私は眩暈を感じた。そこには人間が横たわっていたのだ。まるで忍者のようだ。子どもだったらかくれんぼみたいなユニークなこともあるけど?そこにあったのは大人の女だ。背中にナイフが突き刺さっている。ベージュ色のコートをどす黒い血が染めていた。
突然の凶事にジョンも驚き、尻尾を丸めてキャンキャン!吠えている。
「おい!大丈夫か?」
女を揺さぶったが事切れている。見た感じまだ30代くらいだ。
「ひでぇことしやがる」
私には京子という娘がいるが、ガイシャは京子と同じくらいの年齢だ。確か、来年の1月で35歳になるはずだ。宇都宮で精神科医をしている。今度、京子に相談してみよう。このおかしい症状の正体も明らかになるかもしれない。次から次へと事件にぶち当たるのも病気の仕業か?
私はスマホで警察に通報した。捜査に当たるのは山縣だった。
「あなたが第一発見者?」
「ええ、この子と散歩していたところです」
ジョンが山縣に向かって吠えた。
「こら、やめなさい」
私はジョンを叱りつけた。
山縣たちはガイシャについて調べた。その結果、北里エリカという36歳の印刷会社社員であることが明らかになった。オフセット印刷をメインで行っているところで、オフィスは宇都宮内にある。宇都宮はジャズ、カクテル、そして餃子の街だ。私はあまり音楽を聴かないし?酒もほとんど飲まない。だが、餃子だけは人一倍食べる。『みんみん』のはごま油の香り、『めんめん』のは、大きくて羽根が美しい。『幸楽』は野菜の旨味が特徴的だ。
「オフセットといやぁ、アメリカの技術のことも意味するんですよ?アメリカは敵国を圧倒しています」
那須署の取調室で私はとっておきのうんちくを披露した。
「はぁ?」
「第1オフセットは核やICBM、スパイ。第2はステルス技術と精密誘導弾。第3がロボやサイバー、それに非致死性技術です」
「随分、物知りですな?そうやって、話をはぐらかす気でしょ?どうして彼女を殺したんだ?」
山縣は私が憑依していた時とは比べ物にならないくらいヘボデカだった。
「だから、私じゃないですってば?警察官である私がそんなことをするはずがない」
東武警察署の刑事課長であったことは最初のときに説明してある。
「ふん、どうだか?金欲しさに情報屋を刺し殺したって死神みたいなデカもいるくらいだ」
このままじゃ、私は無実の罪で牢獄に入ることになる。そんなことは絶対に嫌だ。私は山縣に憑依して現場に向かった。今回コンビを組むのは堂本洋平という巡査部長だ。パンチパーマが特徴的だ。
私はボルボの助手席に乗り込んだ。警察車両ではなく、堂本の愛車らしい。堂本はかなりの運転下手らしく貸し出しの許可が下りなかった。
ウィンカーとワイパーを間違えたり、ヒヤヒヤした。
現場のすぐ真上をクアドコプターが旋回している。4基の回転翼を持った無人機だ。まるで『ターミネーター』の世界にいるような感覚だ。
「堂本、おまえは何で刑事になったんだ?」
「『踊る大捜査線』の影響だって前に話しましたよね?ボケちゃったんですか?」
「最近忘れっぽいんだ」
嘘じゃない。私は去年、放映されていた『大恋愛』を思い出して震えた。アルツハイマーと闘う一人の女性を描いた名作だった。
とっぷりと日が暮れ、星が瞬いている。これといった収穫はなかった。
那須署に戻り、私と堂本は地下にある保管庫に向かった。北里エリカのスマートホンを調べることにした。LINEを調べた。交流しているのは同性より異性の方が多いようだ。女性は15人、男性は30人だ。
「男好きだったのかな?」と、堂本は言った。
「それはあるかも知れないな?」
LINEを細かく調べた。JK、友希、お城などスラングも使われていた。
JKは女子高生、友希は友達希望、お城はラブホテルだ。
見た目は清楚な感じがしたが、いろいろいけないことをしているようだ。
氷というワードもあった。氷はシャブの隠語だ。
エリカは木田賢人って奴と親しいようで、頻繁に連絡を取り合っている。
私は木田に電話してみようと思った。エリカが死んでることはニュースにもなったし?エリカのスマホからかけたら怪しまれる。昔、私はどうしょうもないデカだった。電話代がもったいないからと、ガイシャのケータイからかけたら当時、東武署の課長だった高山孝之から滅茶苦茶叱られた。
私は山縣のスマホを使おうとしたが、ロックの解除方法が分からなかった。
「堂本、スマホ貸してよ?」
「どうして?」
「スマホの調子が悪いんだ」
私のスマホを使う気は毛頭ない。何のために憑依したんだって話だ。
「充電してないんですか?」
「壊れた」
「見せてください」
「ロックの外し方忘れた」
「どうして正直に言わないんですか?壊れたなんての嘘でしょ?」
堂本ってのはかなり根性が座ってる。山縣はかなり階級が上だ。私は高山に媚を売っていた。高山が靴を舐めろと言ったときも素直に舐めた。
「病院に行った方がいいですよ?誰にかけるんです?」
「木田っていうエリカのお友達」
「僕の使ってください」
堂本はスマホを貸してくれた。
「あとでコーヒーおごるよ?」
「珍しいですね?山さんってあんまりおごってくれないじゃないですか?」
「ケチな奴だな?」
「自虐っすか?」
ヤバい!山縣であることを忘れていた。
非通知にするかどうか悩んだが、私が木田の立場だったら出ないだろう。非通知なんて気味が悪い。しばらくして、間延びした声が聞こえてきた。
《は~い?》
「僕、インタロウパ出版の山縣です」
インタロウパ出版は週刊誌をメインに取り扱っている東京にある会社だ。interloperには予言者、そしてもぐり商人という意味がある。
《記者さんが何の用?》
「北里さんが亡くなったの知ってますよね?」
《ビックリしてるんですよ》
木田は那須に住んでいるらしい。北里エリカも那須出身だ。幼馴染なのだろうか?
「お話を伺うこと出来ますか?」
《いいですよ?東京に出向きましょうか?》
木田は那須にいるのか?だとすると、エリカを殺した可能性はある。
「いえ、実は取材で栃木に来てるんですよ」
《そうなんですか?それじゃあ、山縣農場に来てもらえますか?》
「分かりました」
《場所分かりますか?》
「グーグルで調べれば大丈夫だと思います」
《そうですか?いつにします?》
「明日などどうですか?」
《丁度良かったその日は会社が休みなんです。朝はゆっくり寝てたいからなぁ、11時くらいでどうです》
「分かりました」
電話を切った。木田って奴はどんな奴なのだろうか?
私は妙な胸騒ぎがするのを覚えた。
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