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社長から指示のあったレストランに到着した。創りはお洒落だけど、中に入ると社長以外のお客は見当たらなかった。
社長はいつものように優しい笑みを浮かべて、レストランの中央の席に、脚を組んで座っていた。
対面にゆっくりと座る。
「僕にとって、今日は記念日になる筈だった……」
社長は静かに、重い口調で話しだす。
「君の僕への想いに対する疑念を抱くのは、これで最後にしようとしたんだ。けど……」
「けど……何があったんですか」
社長の話が進まないので、問いかけてみる。
「君は、最後の最後で、僕のとても大切な人から外れてしまったんだよ」
「外れた……。どう言う事ですか」
いきなりの理不尽な回答に、思わず声が大きくなる。
「僕はね。今まで多くの裏切りを目にしてきた。だからね。人を素直に信じる事が出来ないんだよ。特に無償の愛と言うものが!」
「だから、色々な指示を出し、心の本質を見抜こうとしていたんですか!」
強くなった言葉に対して、私も強気で言い返す。
「そうだよ!君の本当の気持ちを信じ切る事が出来ずに、不安が積もってしまい、仕方がなかった」
「悲し過ぎますね。あんな行為をしなければ、人を信じることが出来ないんですか。貴方は一生、誰も信じることが出来ないんでしようね」
「君への不安を払拭するために、あのスナッフ動画をパソコンに仕掛けたんだ。君がどう対応するか見たかった。君は……。最後の最後で外れてしまった……。残念で仕方がないよ。僕が今まで出会った中で最高の人だったのに」
「私がどんな気持ちで、あの動画を投函したか分かりますか。最後の最後まで苦悩したのは私です。郵便ポストに投函した時の震えの感触が、まだ右手に残っているんですよ!」
「殺人鬼が恋人じゃ嫌だよね。警察に突き出したくなるよね。君が行った事は当然の事だよ。正解だ。ただ、僕にとっての大切な人の概念からは外れてしまっただけだよ」
「貴方の概念は狂っている……」
私は身体を震わせながら、社長から感じ取った狂気を、言葉にするしかなかった。
「そうだね……。常軌を逸しているね。君には酷い事をしてしまった……。君さえ良ければ、これからも僕の下で働いて欲しい。勤務条件は今までと一緒で……」
私の気持ちを散々掻き乱した上に、何を言っているんだろう。
やはり、狂っている……。
この堪え切れない衝動は、何処に向かわせれば良いのだろう。
私の心は張り裂け、何か理解しがたい物を、一気に放出した……。
「貴方は、私の貴方への想いの本質を、最後まで理解できない!」
私は立ち上がり、大声を張り上げ、グラスの水を社長の顔面に思いっきり浴びせた!
レストランのドアを乱暴に開け、一気に走りだす。
どうなっても構わない……。
ただ、そんな気持ちで、走り続ける……。
全てが無に帰す、暗闇の中を……。
FIN
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