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「入りますよ」
ノックの音と同時に刃矢菜さんが入ってきた。私は頑張って身体の震えを抑えて、正面に座った刃矢菜さんに履歴書を渡す。
早速、私の履歴書を見る。
「悪くないわね。ここからはお互い気を使わずに、気軽にいきましょう。ありきたりなやりとりをしても、つまらない時間を過ごすだけだから」
急に態度が変わってしまった刃矢菜さんに、驚きを隠せない。
「えっと……。気軽にて……。どう言うことでしょうか」
思わず言葉が詰まり、途切れ途切れになってしまう。
「そうね。休みの時はどのように過ごしているのかしら」
あり得ない。最初は自己紹介から始まるのに……。
「えっと……。読書や映画鑑賞……。ジムに行って汗を流したり……。その時の気分によって変わりますが……。楽しく過ごすようにしています」
いきなりの想定外の質問に戸惑ってしまう。
「楽しく過ごせているなら何より。ところで、決定になったら明日から働けるわよね」
「はっ、はい。大丈夫です」
決定になったらって……。全てがマニュアルから外れている質問だ。どもりながらも必死に答える。
「そう。それと、秘書が希望だったわよね。社長の指示には絶対に従う事。出来るかしら」
「それって……どう言うことですか?」
思わず訪ねてしまう。私はまだ採用になっていない筈だ。まるで、社長の秘書として、これから働くことが決まったかのような質問に、戸惑いを隠すことが出来ない。
「うちで秘書として働きたいなら、勤務内、勤務外であろうと社長の指示には絶対に従うと言う事。出来るの?」
「回答は今でなければ駄目ですか。内容が良く理解出来ないもので」
「難しい事は聞いていないと思うけど。即答して貰いたいな。ここでこれから秘書として働いていくには、重要なことよ」
言葉が出てこない。即答でイエスかノーで答えなければいけない。ノーと答えれば、不採用は確実だろう。
私が悩んでいたら、刃矢菜さんのスマフォが鳴った。
「ちょっと御免ね」
刃矢菜さんがスマフォを黒いバッグから取り出し、応対を始める。最初は返事だけだったけど、
「分かりました。彼女に伝えます」
刃矢菜さんは笑みを浮かべて私を見据え、説明を始める。
「社長から風花さんに示された勤務条件を伝えるわ。休みは好きな時に好きなだけ取って良いわ。後、給料は月九十万円、ボーナスは仕事の出来によって随時支給。支給額は必ず給料を上回るようにする。後、住居もこちらで準備するわ。会社の近くになる予定よ。家賃はこちらで負担。他にも何か条件があれば、内容によっては通るわよ。これらが条件だけどどうかしら」
いきなり破格の勤務条件が提示された。私にそれだけの価値なんて……。それに……仕事だって……。こなせるかどうか分からない……。
「どうなの?悪い話じゃないと思うけど」
「何故、そんな素晴らしい条件で、雇っていただけるんですか」
恐る恐る尋ねる……。
「社長の気紛れかな」
「気紛れって……。私はそこまで凄い勤務条件で雇って貰える、価値のある人間ではないですよ」
「社長が決めたことだからね。どうするの?」
刃矢菜さんの声が強くなる。ここで決めなければ、全てが終わってしまうかのような雰囲気に包まれる。
決めなければいけない。ここを断ったら後があるの?それは分からないけど、現状は厳しいよね。分かっているけど、社長の指示には絶対に従わなければいけないって条件が気になって仕方がない。貴方にそれを気にする余裕なんてあるの?
ない……。
自問自答を繰り返しながら、回答が無意識のうちに言葉として、発せられてしまった……。
「はっ……はい。分かりました。明日からよろしくお願いします」
「良かった。かなり悩んでいたからどうなるかと思ったけど、良い返事を聞くことが出来て良かったわ。明日からよろしくね」
刃矢菜さんの表情が優しい笑顔になった。私は刃矢菜さんと熱い握手をかわし、明日からバスティーユ株式会社で勤務をすることになった。
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