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再会
父親であるカズからその話を聞いたのは、凪咲村に潜入して直ぐのことだった。
「お見合い…ですか」
「そうだ。長年緊張状態にあった凪咲との縁談が上手くまとまれば、砂原が危機に陥ることはない。金座村との戦も回避できる。うまくやるんだぞ」
「はい…」
金座村とは砂原村と凪咲村の両方に接している大きい村だ。最近では凪咲村と組んで砂原村を滅ぼそうとしている、なんていう悪い噂を聞く。
確かにこの縁談は大事なんだろう…あくまでも父親にとっては。
私は結局ただの駒だ。
憂鬱。
馬車の中。
朝起きてすぐに軽くお化粧を施され、父親に馬車に押し込められて、私は、今ここに座っている。
私の人生は、私のものなのに。
行き先が決まっている馬車になんて、乗りたくないのに。
***
こちらです、と女中さんに案内され、客間に通される。
村長、という肩書だけで平凡な私の家と違って、凪咲村の村長の家はとても立派な日本家屋だった。いい木の香りが鼻を擽る。
私が来てしばらくして、初老の男性と青年…?が入ってきた。
この人がお見合い相手…
悪い人ではなさそう、むしろ物静かな大人の雰囲気が漂っていて少し安心する。
挨拶をするために立ち上がる。
初老の男性が言った。
「遠いところをよくおこしくださいました。私は凪咲村の村長をしております、ヤトクと申します。こちらは息子のトーマ。以後お見知りおきを」
柔らかな物言いと表情。優しそうなおじさん、というのが第一印象だった。人は見かけによらないけれど。
気づいたら父親も挨拶していた。慌てて背筋を伸ばす。
「砂原村の村長のカズです。こちらは娘のサク。ふつつか者ですか、どうかよろしくお願いします」
感情のない目で、頭を下げる。
私の評価を決めてるのは、所詮父親だ。
お互いの父親が部屋から出て、客間には私とトーマだけが残される。
カチカチカチカチと響く時計の音が、心とした空気に響いた。
「あの…」
先に口を開いたのは、トーマだった。
「あなたは、このお見合い乗り気で受けたんですか。確かにうちと組めば砂原は安全だ。悪いことなんて一つもない。それどころか戦が回避できて外交が発達してっていいことだらけ」
言葉に棘を感じるのは気のせいではないだろう。
「乗り気ですよ、もちろん」
「あ、大丈夫だよ気を使わなくて。父さんに言いつけたりしないから。僕は君の本心が知りたいだけなんだ。上辺だけいい人気取って中身最悪とか御免だしね」
はあ、とため息をつく。
「この世に誰か政略結婚好きな人、いるのかな。いたらびっくりだよね」
トーマは鼻で笑った。
「やっぱりあなたもそうなんだ。親に逆らえなくて従って、言われるままに運命に流されて生きてる。反吐が出るよ」
流石にカチンと来た。最初に感じた印象なんてなんのその、何この人ー。
「どうしようもないなら、諦めるしかないでしょう。不本意でも。って言うかそういうあなたはどうなのよ」
「別にどうも?父親に連れてこられて、立場的にはうちが有利だから気が向いたら話でもしとけって」
ガクッと肩を落とす。
「あんなこと散々いっておいて、結局はあなたも同じなのね?」
トーマは頷いた。
「でも君とは違う。僕は次男だから。本当なら家を継がなくたっていいんだ」
「え…じゃあ、何で…?」
「兄は僕と違って養子だからだ。でも両親が兄を引き取った翌年、僕が生まれた。体裁的にも世間的にも両親は僕を後継者に選ぶ。兄は存在自体を否定され、なかったものとされた」
「え…?」
思わず涙が零れる。
私も、養子に行った先で存在を認められない辛さを知っている、から。
泣いてる私を見て、トーマが苦笑した。
「何で君が泣いてるの」
「だって…悲しくて…」
「はは。君って案外面白いんだね。ちょっと勘違いしてたかも」
頬を伝う涙を、トーマがそっと拭ってくれた。
しばらく落ち着けるようにと、トーマは私を一人にしてくれた。
涙はもう乾いていた。やることもないし、いけないなと思いつつ屋敷の中を散策する。誰かにみられたら、お手洗は何処ですかって聞こう…
客間を出てまっすぐ歩いていくと、
「わぁ…」
思わず感嘆の息が漏れる。
そこには、とても立派な日本庭園があった。
「きれい…」
「オレも好きだよ、ここ。この家の人間は、トーマとオレ以外誰も見向きもしないけどね」
いきなり後ろから声がして、驚いて振り向く。こんなに早く首を回したの、初めてかもしれない。
「あなた…あのときの」
狐の仮面を被った男の子は、やっ、と片手をあげた。
「今回は私、安易に入ったわけじゃないからね」
「知ってる。そもそも君の顔はトーマの見合い写真で知ったんだ」
…私はそんなこと知らなかったけどね。
「へえ、そうなんだ。じゃあ勝手にここに連れてこられたクチ?大変だね」
「勝手に人の心読まないでよ。不気味だよ」
「君に関しては嫌だ。中身と外見が違って面白いから。あとー」
「?」
「オレが、さっき言われてた、トーマの兄貴だよ」
「え…あなたが…?」
さっきの話、聞いてたの?泣いたのも見られたー?
「一応オレ、トーマの付き人だからね。それに君がどういう反応を取るかはなんとなくわかってたし。翡翠色の瞳に髪。君も夜海の人間なんだろ?普通の奴らは、オレらみたいな特殊な術を使う奴らをやたらと恐れて差別する。拾われた先での生活なんて、みんな同じだろ?」
仮眠の男の子はふっと笑って、髪を掴んでみせた。
瞳と不釣り合いな、黒髪を。
「気味悪いからって、染めさせられてるんだ。でも目だけはどうしようもなくて、仮面をつけてる。嫌いじゃないんだけどね、この仮面。烏よりましだし」
ヤトクによるこの人への差別は、こんなにも酷いー。
また思わず泣きそうになる。
「そんな悲しい顔、しないでよ。もう慣れたし。それより、今日は、君に伝えたいことがあって」
「何…?」
仮面の奥の真剣な瞳に、どくん、と心臓が音をたてる。
「この世は嘘で塗り固められた虚像だ」
「へ?」
「見えているものがすべて正しいとは限らない。幻術、とかそういうものではなくて。この意味、君ならわかるだろ」
思い当たることはあった。コクり、と頷く。
仮面の男の子はそれを見て頷くと、ふっと煙のように消えてしまった。
「すぐ消えるの、得意なのかな…」
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