再会

1/1
前へ
/5ページ
次へ

再会

父親であるカズからその話を聞いたのは、凪咲村に潜入して直ぐのことだった。 「お見合い…ですか」 「そうだ。長年緊張状態にあった凪咲との縁談が上手くまとまれば、砂原が危機に陥ることはない。金座村との戦も回避できる。うまくやるんだぞ」 「はい…」 金座村(かねざむら)とは砂原村と凪咲村の両方に接している大きい村だ。最近では凪咲村と組んで砂原村を滅ぼそうとしている、なんていう悪い噂を聞く。 確かにこの縁談は大事なんだろう…あくまでも父親にとっては。 私は結局ただの駒だ。 憂鬱。 馬車の中。 朝起きてすぐに軽くお化粧を施され、父親に馬車に押し込められて、私は、今ここに座っている。 私の人生は、私のものなのに。 行き先が決まっている馬車になんて、乗りたくないのに。 *** こちらです、と女中さんに案内され、客間に通される。 村長、という肩書だけで平凡な私の家と違って、凪咲村の村長の家はとても立派な日本家屋だった。いい木の香りが鼻を擽る。 私が来てしばらくして、初老の男性と青年…?が入ってきた。 この人がお見合い相手… 悪い人ではなさそう、むしろ物静かな大人の雰囲気が漂っていて少し安心する。 挨拶をするために立ち上がる。 初老の男性が言った。 「遠いところをよくおこしくださいました。私は凪咲村の村長をしております、ヤトクと申します。こちらは息子のトーマ。以後お見知りおきを」 柔らかな物言いと表情。優しそうなおじさん、というのが第一印象だった。人は見かけによらないけれど。 気づいたら父親も挨拶していた。慌てて背筋を伸ばす。 「砂原村の村長のカズです。こちらは娘のサク。ふつつか者ですか、どうかよろしくお願いします」 感情のない目で、頭を下げる。 私の評価を決めてるのは、所詮父親だ。 お互いの父親が部屋から出て、客間には私とトーマだけが残される。 カチカチカチカチと響く時計の音が、心とした空気に響いた。 「あの…」 先に口を開いたのは、トーマだった。 「あなたは、このお見合い乗り気で受けたんですか。確かにうちと組めば砂原は安全だ。悪いことなんて一つもない。それどころか戦が回避できて外交が発達してっていいことだらけ」 言葉に棘を感じるのは気のせいではないだろう。 「乗り気ですよ、もちろん」 「あ、大丈夫だよ気を使わなくて。父さんに言いつけたりしないから。僕は君の本心が知りたいだけなんだ。上辺だけいい人気取って中身最悪とか御免だしね」 はあ、とため息をつく。 「この世に誰か政略結婚好きな人、いるのかな。いたらびっくりだよね」 トーマは鼻で笑った。 「やっぱりあなたもそうなんだ。親に逆らえなくて従って、言われるままに運命に流されて生きてる。反吐が出るよ」 流石にカチンと来た。最初に感じた印象なんてなんのその、何この人ー。 「どうしようもないなら、諦めるしかないでしょう。不本意でも。って言うかそういうあなたはどうなのよ」 「別にどうも?父親に連れてこられて、立場的にはうちが有利だから気が向いたら話でもしとけって」 ガクッと肩を落とす。 「あんなこと散々いっておいて、結局はあなたも同じなのね?」 トーマは頷いた。 「でも君とは違う。僕は次男だから。本当なら家を継がなくたっていいんだ」 「え…じゃあ、何で…?」 「兄は僕と違って養子だからだ。でも両親が兄を引き取った翌年、僕が生まれた。体裁的にも世間的にも両親は僕を後継者に選ぶ。兄は存在自体を否定され、なかったものとされた」 「え…?」 思わず涙が零れる。 私も、養子に行った先で存在を認められない辛さを知っている、から。 泣いてる私を見て、トーマが苦笑した。 「何で君が泣いてるの」 「だって…悲しくて…」 「はは。君って案外面白いんだね。ちょっと勘違いしてたかも」 頬を伝う涙を、トーマがそっと拭ってくれた。 しばらく落ち着けるようにと、トーマは私を一人にしてくれた。 涙はもう乾いていた。やることもないし、いけないなと思いつつ屋敷の中を散策する。誰かにみられたら、お手洗は何処ですかって聞こう… 客間を出てまっすぐ歩いていくと、 「わぁ…」 思わず感嘆の息が漏れる。 そこには、とても立派な日本庭園があった。 「きれい…」 「オレも好きだよ、ここ。この家の人間は、トーマとオレ以外誰も見向きもしないけどね」 いきなり後ろから声がして、驚いて振り向く。こんなに早く首を回したの、初めてかもしれない。 「あなた…あのときの」 狐の仮面を被った男の子は、やっ、と片手をあげた。 「今回は私、安易に入ったわけじゃないからね」 「知ってる。そもそも君の顔はトーマの見合い写真で知ったんだ」 …私はそんなこと知らなかったけどね。 「へえ、そうなんだ。じゃあ勝手にここに連れてこられたクチ?大変だね」 「勝手に人の心読まないでよ。不気味だよ」 「君に関しては嫌だ。中身と外見が違って面白いから。あとー」 「?」 「オレが、さっき言われてた、トーマの兄貴だよ」 「え…あなたが…?」 さっきの話、聞いてたの?泣いたのも見られたー? 「一応オレ、トーマの付き人だからね。それに君がどういう反応を取るかはなんとなくわかってたし。翡翠色の瞳に髪。君も夜海の人間なんだろ?普通の奴らは、オレらみたいな特殊な術を使う奴らをやたらと恐れて差別する。拾われた先での生活なんて、みんな同じだろ?」 仮眠の男の子はふっと笑って、髪を掴んでみせた。 瞳と不釣り合いな、黒髪を。 「気味悪いからって、染めさせられてるんだ。でも目だけはどうしようもなくて、仮面をつけてる。嫌いじゃないんだけどね、この仮面。烏よりましだし」 ヤトクによるこの人への差別は、こんなにも酷いー。 また思わず泣きそうになる。 「そんな悲しい顔、しないでよ。もう慣れたし。それより、今日は、君に伝えたいことがあって」 「何…?」 仮面の奥の真剣な瞳に、どくん、と心臓が音をたてる。 「この世は嘘で塗り固められた虚像だ」 「へ?」 「見えているものがすべて正しいとは限らない。幻術、とかそういうものではなくて。この意味、君ならわかるだろ」 思い当たることはあった。コクり、と頷く。 仮面の男の子はそれを見て頷くと、ふっと煙のように消えてしまった。 「すぐ消えるの、得意なのかな…」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加