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凪咲
次に凪咲村を訪れたのは、夏祭りの日だった。
トーマに案内されて街を歩く。でも、商店街のお店は全然暖簾が出ていないし、辺りは閑散としていて、歩いている人は数えるほどしかいない。
正直驚いた。あれだけ村長の家は豪華なのに、こんなにも凪咲村は枯れているのかと。もしそうでも、祭りの日なら、もう少しくらい賑わっていてもいいんじゃないか。
「ねえ、トーマ。凪咲はいつもこんな閑散としているの…?今日お祭りなんだよね?」
「ああ…しばらく雨が降っていないからね。不況だし、最近はずっとこうだよ」
それなら、夜本当に祭りが行われるのかどうかさえ定かではないだろう…
なかった、のに。
ぴーひょろひょろ。
数時間後、私は人ごみに押し潰れそうになりながら、屋台がずらりと並ぶ道を歩いていた。
隣にはトーマ、そして後ろには付き人兼護衛としてついてきた仮面の男の子がいる。ただ、今日は付き人兼護衛なだけあって私に話しかけてこない。何だか胸のあたりがもやっとする。
それを振り払うように、私は射的、ヨーヨー釣り、ダーツとトーマと勝負をして気を紛らわせた。(トーマの圧勝だった、見た目の如く何でもできるらしい)悔しくないわけじゃないけど、なんだか楽しくなって笑顔が溢れる。見ると、トーマも笑っていた。
「今日初めて素で笑ったね。良かった。僕とのデート、そんなに楽しくなかったのかなって心配してたんだ」
「で、デート…」
「あれ?違うの?悲しいなあ。デートのつもりで張り切ってたのに」
「それは…ありがとう。デートとか初めてだから、意識したら何か緊張してきちゃった…」
「とりあえず、そこのベンチにでも座って待っててよ。何か飲み物でも買ってくるね」
そう言ってトーマは人混みの中に消えていった。
「座りましょう?せっかくですし、トーマ様が戻られるまで休んでください。今日はお疲れでしょうから」
仮面の男の子が耳元で囁く。
くすぐったい…
なんてて気持ちを押し殺してきっと睨む。
「何で今日、そんな他人行儀なの?」
「何でって…一応オレ、仕事だし」
「今は敬語じゃないじゃない。それに今日はトーマの護衛でしょ?ついていかなくて良かったの?」
「今日はふたりの護衛だ。ああ見えてトーマは結構強いし君は弱い」
カチンとくる言い方だ。せっかく話せたっていうのに。
「あなたの忠告を受けてから修行し始めたし、護ってもらうほど弱くはー」
「それに」
仮面の男の子が私の言葉を遮って言った。
「君のことが、心配だったから」
「え…?」
頬が赤くなるのを感じる。
仮面のせいで表情は良く見えないけど、仮面の男の子の顔も何となく赤らんでいる気がした。何故かは分からないけれど…
仮面の男の子は横を向いて言った。
「そう言えば。今日の昼間に凪咲村を色々と見て回ったんだろ?どうだった?」
どうだった、ね…
急に冷水を頭からかけられたような気持ちになる。
本心を、この子になら打ち明けられる気がした。やっぱり何故かは分からないけれど。
「最近は不況続きで、街は賑わってないってトーマは言ってた。確かに閑散としてて、正直不思議だったの。不況なのにお祭りなんてできるのかなって。しかもこんな豪勢なやつだったし」
「つまり?」
「…虚像。私が見ているのは偽りの凪咲村。幻術にかけられているか村ぐるみで私を騙しているかのどちらか…」
「光属性の君が幻術にハマることはまずないだろうね。とんだボンクラなら話は別だけど」
「うん。さっきも行ったけど、最近は両親の目を盗んで修行再開したけど、今まで全然やってなかったから私も怪しかったの。でも幻術とかある程度の術で幼い頃に叩き込まれたのは案外抜けてなかった。だから大丈夫かも」
「両親に感謝だな」
「うん…」
仮面の男の子との間に気まずい沈黙が落ちる。
今の話が本当なら、この子は…私を騙していることになる。
「騙してるよ。騙してるから、わざわざ君にこんな事言ったんだ」
「…」
「オレは君の敵じゃない。同じ夜海の人間として、凪咲の非人道的なやり方が気に食わなかった。たとえオレを拾ってくれた義父だとしても、許せなかったんだ」
義父、か…
「拾ってもらった恩義を…仇で返すことになっても?」
「オレはオレ。そもそもオレの両親が死んだ原因は凪咲が絡んだ戦争だ。恩人でもあるけど、カタキでもあるんだよあの人は」
「…」
「君は?違うの?」
ふと、頭に両親の顔が過る。
代々受け継がれてきたという、砂原の村長の家系である証の赤い髪と瞳。
私の翡翠とは相反する色。
幼い頃に亡くした両親の顔は、もう薄っすらとしか思い出せない。その記憶は、ニセモノで塗り替えられてしまっているから。
「…憎い。憎いに決まってる。でも何もできない…本当の両親と兄弟にはもう二度と会えない。今更どうにもならない…」
「窮地に陥っているときに助けようとは?」
「思わない」
男の子はフッと鼻で笑った。
「なら、君もオレと同じってわけだ」
彼も彼で酷い扱いを受けているのだ。最強にして最古の術使い、夜海の人間がどういう扱いを受けるのかをよく知っているから当然と言えば当然だろう。
恐れられ、差別され、しかし崇められる術使い。
だからこそ夜海は小さな村で、すぐに滅んだのだ。
一説では大国同士の戦争は見せかけで、協力して夜海を滅ぼしたという噂もあるくらいだ。
「騙してる…ってさ、どうして?何の理由があって?」
「どうしてだと思う?」
「…砂原を…滅ぼしたい、とか?凪咲は金座と繋がってるって聞いたことがある。その策略にはめられてる」
「可能性としてはそれが一番高いだろうな」
仮面の男の子はトーマが戻ってきていないかしきりに確認している。
トーマは敵なのだろうか…
たまに冷たいけど、でも優しい彼も、偽物…
頭が痛くなってくる。無意識に溜息をついた。
「そんな思い悩むな。トーマは敵じゃないだろ。わざわざオレが君と居られる時間を作ったくらいだ」
「え…?」
どういうこと…?
「トーマは…あいつは良い奴だ。義父が金座と組んで砂原を貶めようとしている事も、君を騙している事も、本当だったらオレが知る筈無かった事だ。それをわざわざオレに教えたのは、多分トーマも砂原と君を助けたかったからだ」
「じゃあ、自分で言えばいいのに…」
男の子は聞こえよがしに溜息をついた。
「考えてみろ。村人全員が結託して君達二人に注意を払ってるんだぞ。緑の髪の人間はこの村にも何人か居るから、君の特徴だけで判断させるのは難しい。秘密裏に事を運ぶなら特に。でも、トーマの顔は村人全員が知ってるんだ。どっちが早く的確かなんて一目瞭然だろ」
「あ…」
「木の葉を隠すなら森の中。人を隠すなら人混みの中。ましてや祭りの夜だ。仮面つけてる人間も、変な髪の色した人間もさして目立たない。人気の無い場所で話をするより、よほどいい」
「…」
「そこまで考えても、トーマを敵と言えるか?」
…この義兄弟は、本物の兄弟より兄弟らしい。
トーマもこの仮面の男の子も、お互いを信用して大事に思ってる。
何だかそれがすごく羨ましかった。
「信じられる人、もう一人、居たんだね…」
男の子は夜空を見上げて呟く。
一人言、だろうか。
聞こえるか聞こえないほどの掠れた声で。
「でもオレは…」
その続きは、喧騒に飲まれて聞くことはできなかった。
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