鬼とゴーヤの急襲

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鬼とゴーヤの急襲

 ある日の夕方、呼び鈴が鳴った。訪問者なんて珍しいと、扉を開けると鬼、いや姉が仁王立ちしていた。 「おかず取りに来いっつったでしょ」 「あ、いや、忙しくて……」   行きたくねえとか言うと殴られかねないので適当に言い訳する。 「忙しいって? 就職したの?」  「いや、パソコンで在宅仕事だけど」 「だったら通勤時間もないし取りに来る時間ぐらいあるでしょ。つーかいつまでそんななんの保障もない仕事してるのよ。さっさと就職しなさいよ」  相変わらず鬼のような形相で詰め寄ってくる。姉は幼稚園の教諭だが、こんな先生がいて幼稚園児泣き出さないんだろうか。 「これ、母さんが持っていけって」  姉はそう言ってタッパーを突き出した。仕方なく受け取る。 「この間おかず取りに来いっていってからだいぶ経ってるけど、何日前のなの」 「この間のはあんたが取りに来ないからとっくに食べたわよ。これは今日お母さんが作りすぎたやつ」 「そう」 「じゃあね。今度は自分で取りに来なさいよ」  姉は踵を返しすたすたと去って行った。    もう、姉が唐突にやって来れない遠い場所に引っ越そうか。しかし奇跡的に安い家賃で住ませてくれるこの古民家だからなんとか一人暮らしできている現状だ。他に行くあてがない。今の住処自体に不満はないのに引っ越すのも癪だ。俺は溜め息をつくしかなかった。  タッパーの中はゴーヤチャンプルーだった。野菜嫌いの俺にとって地獄の料理である。皿に移すのも面倒なのでタッパーから少しだけつまむことにした。ゴーヤを避けて豚肉と豆腐と卵をほじくり出すように食べた。だけど時折ゴーヤが口に入って苦さに悶絶した。ゴーヤチャンプルーを食べると毎度こうなる。しかも今回はいつにも増してゴーヤが苦い。実家の連中、ゴーヤが苦くて食べる気しなかったから俺に押しつけてきたのかと勘ぐってしまう苦さだ。結局ほとんど食べずに捨てた。食いたくないものをあっさり捨てられるのは一人暮らしのいいところだ。  翌日体調を崩した。こんなの姉の急襲とゴーヤのストレスに決まってる。  この間と同じような体調なので、病院には行かず部屋で寝て過ごすことにした。  体調が悪いと心細いものだ。やはりサボテンだけだと少し寂しい。 「やっぱり、動物飼おうかなあ……」  動物の世話をしているとそれが生きがいになったというのはよく聞く話だ。よし、何か飼おう。    
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