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「この星は、もう末期的だな」  ギッザーは、ひとり呟いた。  この男は『ダイゾック』という宇宙組織のエージェントである。現在、惑星ビラルにて調査中だ。もっとも、ビラル星人は己の住む星をチキュウと呼んでいるらしいが。 「ビラル星人は、滅ぼさなくてはならない」  もう一度、ギッザーは呟いた。調べれば調べるほど、この星の住人は救いがたい。これまで、数多くの生物を絶滅させているのだ。しかも、同じ星の知的生命体であるにもかかわらず、ビラル星人同士で未だに争い続けている。挙げ句、自然環境をも崩壊させてしまう兵器を大量に保有している始末だ。その威力は、惑星そのものを数十回破壊できるだろう。  さらに、この惑星の自然には狂いが生じていた。大気は汚染され、人工に作り出したものが環境を侵し、天候も著しく乱れているのだ。百年前の調査に比べると、あらゆる数値がおかしくなっている。  言うまでもなく、ビラル星人のせいだ。この星の科学技術は、いびつな形で発達している。いずれは、ビラル星に生物は住めなくなるだろう。  その場合、何が起きるか……間違いなく、彼らは他の惑星に移住するだろう。結果、宇宙の静かな平和を乱す存在になるのだ。  そんな存在を、放っておくわけにはいかなかった。  間もなく、母船が到着する。そこで、ギッザーは調査結果を報告することになっている。  彼は、ビラル星人の絶滅を上層部に進言するつもりであった。  その時、彼は異変を感知した。こちらに、何者かが接近している。  このあたりに住む野生動物か……いや、ビラル星人である可能性の方が高い。ギッザーは、様子を見ることにした。異変の源へと、自ら近づいていく。  予想通りであった。目の前には、ビラル星人がいる。まだ小さい幼年型だ。びっくりした顔で、こちらを見ている。  さて、どうすべきか。  この幼年型を消すか、あるいは見逃すか。だが、見逃したところで何の得にもならない。何より、自分を目撃したことをあちこちに触れ回られても困る。  やはり消すべきだろう……と思った時、幼年型はくるりと向きを変えた。短い足を動かし、一生懸命に逃げて行く。  無駄なことなのに。  ギッザーは、のんびりと歩いて追いかけた。あの速度なら、すぐに追いつける……と思った瞬間、彼は別の存在を感知する。  あれは、やや大型の肉食獣だ。この星では「犬」と呼ばれる生き物だったはず。もっとも、それだけなら放っておいても構わない。仮に幼年型のビラル星人が襲われたとしても、知ったことではない。むしろ手間が省ける。  だが問題なのは、あの肉食獣が病に侵されていることだ。今はウイルスが体内に潜伏している状態だが、あと一年以内に発症する。そうなった場合、凶暴化し他の生き物を襲うようになる。しかも、この段階ではもはや治療できない。この星では、確か「狂犬病」と呼ばれている病気だ。  この肉食獣は、殺すしかない。  ギッザーは、ビラル星人の前に立ち肉食獣を睨みつける。すると、肉食獣も彼を睨み返してきた。その瞳には、怒りと憎しみがある。恐らく、少し前までビラル星人に飼われていたのだろう。だが捨てられ、挙げ句に他の生き物から病を感染させられたのだ。  もう、長くは生きられない。  なんと憐れな話なのだろう  ギッザーの中に、微かな憐憫の情が湧いてきた。迷いが生じる。  その時、肉食獣の表情が変わる。今になって、やっと勝ち目がないことを察したらしい。向きを変え、一目散に逃げ出した。  一瞬、放っておこうかという思いが頭を掠める。だが、このままでは、病があの肉食獣を通じて他の生き物にも感染するだろう。やはり、病の連鎖はここで断たなくてはならない。ギッザーは、瞬時に移動した。  すぐに追いつくと、肉食獣の首をへし折った──  まだ、仕事が残っている。あの幼年型ビラル星人を殺さなくてはならない。  元いた場所に戻ってみると、ビラル星人は不安そうに立っていた。ギッザーの顔を見るなり、ペこりと頭を下げる。何やら言葉を発したが、何を言っているのかわからない。  だが、直後の行動には唖然とさせられた。突然、腰に装着した袋から、何かを取り出したのだ。  小さな茶色い粒を手に取り、口に入れる。  さすがのギッザーも、驚き戸惑っていた。こんな時に、栄養を補充しているのか。こちらの怖さを、理解していないのだろうか。  しかし、驚くのはこれからだった。ビラル星人は、その小さな粒をギッザーに差し出してきたのだ。  なんだ、こいつは?  ギッザーは、どうすればいいのかわからなかった。すると、ビラル星人はにっこり微笑む。  こちらを見つめている瞳には、ある感情が浮かんでいた。それは、無視することが出来ないものだった。  気がつくと、小さな粒を受け取り、口の中に入れていた。  懐かしい感覚が、彼の中に広がった。任務の間、ずっと味のない完全栄養食品を食べていたギッザーだったが、これは幼い頃に食べた何かを思い出す。  少なくとも、まずくはない。  幼年型ビラル星人を住居らしき場所まで送り届けた後、ギッザーはすぐに宇宙船へと戻った。  もうじき母船が到着し、故郷の惑星へと帰ることになる。あとは、報告さえすれば任務は終わりだ。上層部に、ビラル星人の絶滅を進言する報告書を出せば、すぐにでも戦闘型メカバーストが多数送りこまれるはずだ。そうなれば、ビラル星人は死に絶え、彼らの作り上げた文明は崩壊する。  結果、ビラル星には元通りの美しい自然が蘇る。  ふと、先ほど会った幼年型の顔を思い出した。その瞳は、とても澄んでいた。握った手からは、暖かいものを感じた。  自分の報告次第では、死ぬことになるが……。  ビラル星人にもらった食品を、じっと眺めた。パッケージには、デフォルメされた幼年型ビラル星人と小型の肉食獣らしき生物の絵が描かれている。  どちらも楽しそうに、彼に微笑みかけている。  そんな絵の描かれた箱から、一粒取り出し口に入れてみる。  栄養面から言えば、自分が普段食べているものの方が遥かに優れているだろう。  しかし、この小さな粒には……栄養だけではない何かを感じる。ギッザーは、天井を見上げた。  次回の調査まで、もう少し星人たちの様子を見てもいいのではないか。  自分たちが手を下さずとも、環境の激変により自滅するかも知れないのだから。 
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