エピローグ

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エピローグ

「じゃあ、行ってくるよ」  理久が手荷物検査の列の最後に足を向ける。 「理久。行っちゃだめ。行かないでよ」 「何だよ、美来。かわいすぎだろ。待ってろな。絶対有名になって帰ってくるから。浮気するんじゃないぞ」  理久がボディースキャナーの前で振り返って大きく手を振っている。顔がアップになり口元が行ってきますと動いた。映像の光を受けて映画鑑賞をしている招待客たちの顔が闇の中に浮かび上がり、鼻をすする音が聞こえてくる。  映画と分かっていても、美来は理久役の少年が背中を向けて歩き出した時、行かないでと叫びたくなった。    理久がフランスに発ったのは七年前、永眠したのは五年前になる。  爆弾が投げ込まれた店は、その日はたまたま休日で、付近を歩いていた人々が飛び散ったガラスで怪我をしたほか、店内でレシピの研究をしていた理久が犠牲になり、店内はブイヤベースやトマトソースなどが飛び散った悲惨な状態で、理久の遺体は日本に戻らなかった。  その数日前に、アメリカやヨーロッパの主な国に対して、多発テロを起こそうとしていたグループが、何者かの密告によって捕まったと報道があったが、密告者がグループ内の少年と親しかった日本人の少年だと噂が広まり、レストランへの爆弾の投げ入れは報復テロだとか、ただの嫌がらせだとかいろいろな憶測が流れた。  ニュースで理久の名前を見た時に、美来は自分の目が信じられなかった。  人違いだと思いたくて、名前が間違っていると訂正された報道を探すために、チャンネルを梯子した。  だが、訂正されるどころか、理久がテレビに出ていたことがすぐに浮上して、朝や昼のワイドショーには、理久が料理をしている姿が映し出され、ご冥福をお祈りしますと綴って、犠牲者が理久で間違いないことを美来に見せつけた。  未来はだんだん食事を摂れなくなり、部屋に引きこもるようになった。  台本を読む気力もなくなり、女優を止めたいという内容の謝罪の手紙を書いて、桧山と葉月に送った。  高校生になり、少しずつ端役でテレビに出るようになった美来は、中学生時代にDes Canaillesのメンバーたちとテレビに出たというメディア上の記憶も新しく、繊細で透明な美しさが人々の関心を呼び、女優の卵として一躍注目を浴びるようになっていた。  演技をするのは思いのほか楽しくて、美来は自分でもいろいろな作品を見て演技の研究をしたり、発声トレーニングや、人間観察をして、少しずつ演技を磨いていった。
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