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美来はパジャマ姿なのが恥ずかしかったけれど、大人を待たせて機嫌を損ねたくなかったので、勝手口にあるサンダルを履いて、祖母の横に立って挨拶をした。
「初めまして。山吹美来です。祖母がいつもお世話になります」
「まぁ、しっかりしているのね。お利巧だわ」
笑顔になった水谷が親しみを込めて美来の頭に手を伸ばした時、美来は突然腕で頭をかばってしゃがもうとした。だが途中で脇腹に痛みが走り、背を伸ばして脇腹を押えた。
ほんの一瞬のことが全てを語った。美来に身についた咄嗟に自身を守る行動は、その場にいた大人の笑顔を奪った。
硬い表情で黙りこんだ沙和子を目にした美来は、隣人の前で起こしてしまった自分の失態が、祖母に恥をかかせ、失望させたのではないかと不安になった。
「おばあちゃん。ごめんね。水谷さんごめんなさい」
二人の顔を交互に見ながら、必死に謝る美来に姿は、哀れ以外の何ものでもない。
「ごめんね。おばあちゃん。帰れって言わないで」
沙和子は唇をかんで身を震わせながら、美来を抱きしめた。
水谷も目に涙をためて、二人を見ていたが、そっと美来の背中に手を添える。瞬間ぴくりとした美来の身体をなだめるようにポンポンと叩くと、優しく撫でながら、頭の方にずらしていき、慈しむように美来の頭を包んだ。
「おばさんは、怖くないよ。こんなかわいい子に手を上げたりしないから、安心してね。渚紗のお友達になってくれるとおばさん嬉しいんだけれど、美来ちゃんは嫌かな?」
美来が祖母の腕の中で、水谷の手を頭に載せたまま首を振ったので、水谷の手の下で髪の毛が捩れて絡まった。それをやさしく梳きながら、水谷がいつでも遊びに来てねと美来に声をかけた時、それまで勝手口のドアを手で押さえながら、大人たちのやり取りを、黙って見守っていた渚紗が、ここぞとばかりに声をあげた。
「お母さん。美来ちゃんと山吹のおばあちゃんと一緒に、よもぎを探しに行っていい?」
「ええ、いいわよ。まずは家に戻って朝ごはんを食べなさい。山吹さん、渚紗をお任せしていいですか?」
「もちろんよ。水谷さんありがとう。美来に優しくしてくれて」
涙ぐんだ沙和子の言葉に頷いた水谷は、何か相談ごとがあったら頼ってほしいと言い残すと、渚紗を連れて畑の向こうの家に戻っていった。
何十メートルも離れた隣の家に辿りつくまで、渚紗がまたあとでねーと何度も振り返りながら、元気よく手を振っている。最初こそ恥ずかしがった美来も次第に大きな声で答えていた。
「さあ、お家に入って朝ごはんにしようか。お味噌汁とごはんと卵焼きとあと何が食べたい?」
「何でも食べられるよ。あのね、康太は好き嫌いしても怒られないの。でも私は何でも好き」
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