交わした約束

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「美来はいい子だね。食べることが好きな子は、おいしい食事が作れるようになる。美来だけを思ってくれる優しい男性と家庭を持てるよ」  美来は食べることがそんなに大事なことだとは知らなかった。おいしい食事が作れれば、私だけを思ってくれる人と結婚できて、自分の家族を持てる。家庭愛に飢えていた美来にとって、その言葉は特別な響きを持って胸の奥に届いた。  でも、学校のテストでいい点数を取るよりも、食事をおいしく食べることの方が簡単なのに、そんなことで幸せを手に入れられるのだろうかと疑いが頭をもたげたけれど、口にしたら叶うことも叶わなくなってしまいそうで、黙っていた。  テーブルの上に並べられた湯気の立つ朝食に、ごくりと唾を飲み込んで、美来は手を合わせてから箸を取った。  お味噌汁の香りが鼻をついて、お腹が鳴ったのに照れ笑いをして口をつける。  ズズッと汁を啜った美来が不思議そうに瞬いた。もう一度椀に口をつけて、味噌汁を味わっていた美来が、ゴクッと飲み込んだ後に首を傾げるので、沙和子が慌てて自分の味噌汁を飲んでみる。美来のために塩分は薄くしたが、その分鰹節の出汁を効かせた美味しい味噌汁だった。 「どう?美味しくないかい?」 「昨日より味が薄い気がする。昨日の食事は少し苦かったけれど、美味しかったよ。お母さんのは仕事の帰りにスーパーで買うお惣菜だから、味が濃くて美味しくないの。おばあちゃんのは美味しいよ」 「苦い?昨日は苦みのあるものを使ってなかったんだけれど……。美来は、濃い味噌汁の方が好きなんだね。次はもう少しお味噌を入れてみるね」 「あ…りがとう。おばあちゃん」  ありがとうと素直に言葉に出して急に恥ずかしくなった美来は、味噌汁の椀に口をつけて湯気で顔を隠くそうとする。額に垂れた前髪の隙間から祖母を覗き見ると、祖母が同じように味噌汁の椀で微笑みを隠したのに気が付いた。湯気だけではない熱でのぼせてしまい、美来の耳たぶが真っ赤に染まった。
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