調理実習

2/14
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/113ページ
 幸樹や渚紗は、まだあのころの約束を果たす気満々で、新しい部活動を認可してもらうために、教師に働きかけている。そのために部員も必要で、美来がいくら調理に興味が無いと言っても、約束を盾に入部するように迫ってくるのだ。  今日はよりにもよって家庭科の調理実習がある。しかも一グループ六人中、なぜか四人が同じ班になってしまい、今回の成果次第では、ますますあの三人の誘いを断れなくなるのではないかと美来はため息をついた。  休みたいけれど、祖母に心配をかけたくない一心で、校則に合わせて長い髪を編んでいく。本当はバッサリ切ってしまいたい気持ちはあるのだが、いまだに知らない人に頭を触られるのは緊張するので、美容院に行かなくて済むように伸ばしていた。  いつもよりうだうだしていたのか、洗面所からなかなか出てこない美来を心配して、沙和子が覗きにきた。 「美来、もう出ないと、遅刻するよ」  途端に、美来の顔ににかっと笑顔が浮かびあがる。沙和子は美来の癖を見て、少し眉を寄せると、両手で美来の頬をやさしく挟んで上下に揉みしだいた。 「家の中まで、顔を作らないの!よそ者にうるさいこんな田舎でも、美来の噂は、礼儀正しくていつもにこにこしている子供だという高評価ばかりだよ。無理させていないかって、心配になってくる」 「何言ってるのおばあちゃん。笑う門には福来たるっていうじゃない。それが本当か試しているんだから、余計な心配しないでよ」  それならいいけれどと言いながら、まだ探るような視線を向ける沙和子の身体を廊下まで押し出すと、美来は行ってきますと手を振って玄関を出た。  美来が通う中学校は小学校の隣に並んで建っていて、歩いて二十分ほどの距離にある。分厚い教科書を入れた重たいバッグを肩にかけなおし、門を出ようとしたときに、目の前に立っている渚紗が本当の笑顔で美来に声をかけた。 「おはよう、美来!丁度よかった。遅いから呼び鈴を押そうと思ってたの」 「渚紗は朝から元気だね。JCにもなると朝が堪えるのよ」 「何を年寄りじみたこと言ってるのよ。美来はかわいいんだから、いつもおばあちゃんと話しているみたいな口調で話せば、男の子にもてるのに……」 「可愛いいなんて思われたくないし、自分が可愛いとも思ってもいないから無理!男の子なんて必要ないもん。私は勉強をしっかりして、良い会社に入って、バリバリ仕事をして、男に頼らず一人で生きていくのが夢なのよ」 「変な冗談言わないでよ。おいしいお料理が作れるようになって、幸せな家庭を持つと言ってたのは誰?」 「誰じゃったかのう?渚紗も年を取ってボケたかのう」  もう!ごまかさないでと、渚紗に背中をバシッと叩かれて、美来がよろめくふりで早足に歩き出すと、渚紗が逃げるなと言いながら競歩のように腕を大げさに振って、大股で歩いて追いかけてくる。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!