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校舎の裏の木立まで走ると、堪えていた嗚咽が漏れて、美来は余計に悲しくなった。
ぼたぼたと涙が地面に濃い染みを作っていく。止めたいのに一度漏れだした悲しみは止めることができず、横に開いたままの口から息と一緒に泣き声が尾を引いた。
おばあちゃんがあんなこと言わなければ、理久たちと料理の話でつながることもなかったのに……。心の中では祖母は悪くないと分かっていても、その言葉が蘇る。
『美来はいい子だね。食べることが好きな子は、おいしい食事が作れるようになる。美来だけを思ってくれる優しい男性と家庭を持てるよ』
祖母が言う通り、美来は食べることが好きだった。
でも、もう美味しいかどうか判断できない舌では、味見もできないし、好きな人ができても、料理を作ってあげることもできない。美来が悲観的になったときに、ふいに調理実習での理久との会話が思い浮かんだ。
『私は好き嫌いが激しいから、味見もできないし料理は無理だって思ってたけれど、お菓子なら大丈夫かな?レシピ通りに作れば私にも美味しいものが作れると思う?』
『できるさ。材料を混ぜ合わせるのを見ていたけれど、言われなくても泡が立たないように、丁寧に混ぜていたし、美味しいものを作ろうとする真剣な気持ちが伝わってきて、こいつ本当は料理をするのが好きなんだなって思ったよ』
理久の言葉がほんの少しの希望となって、美来の胸の中に漂った。絶望の中でおぼれそうだった美来は、浮かび上がった小さなブイに縋りついて叫んだ。
理久、理久。助けてよ。お願いだから教えてよ。
味が分からなくても本当に美味しいお菓子が私に作れるの?
もう一度作ることが好きだって思わせて……。
泣き疲れた美来は、木の幹にぐったりともたれているうちに眠ってしまった。
次の授業に姿を見せない美来を心配して、理久と、幸樹と、渚紗が学校中を探し回って、ようやく木の陰にいるのを見つけて駆け寄ったが、美来はぐったりとして身動ぎもしない。
ひょっとしたら気を失っているのではないかと心配になり、三人が必死の形相で呼びかけるうちに、ようやく美来は目を覚ました。
美来は、自分が外で寝てしまったことを知り、仲間に心配をかけて授業をさぼらせてしまったことを詫びた。渚紗が美来に抱きついて無事で良かったと心から安心した素振りを見せたのに、理久の表情が強張ったままなので、美来は一瞬幸樹が秘密をばらしたのではないかと疑った。
だが話しているうちに、理久は美来の好き嫌いを知らずに強制的に部活に誘って、美来を追いつめたと勘違いしていることが分かり、美来はホッと胸を撫でおろした。
「今まで嫌な思いをさせてごめんな。もう誘わないから安心しろ。だから今まで通り……」
「あのね、理久。わがままだと思うかもしれないけれど、お菓子を作る日は仲間に入れてほしい」
想像していたのとは違う言葉を聞いて理久は戸惑ったが、美来の真剣な表情を見て、レストランのサイドメニューコーナーにデザートを加えることを考えてみた。
「お菓子か……分かった。サイドメニューだけでなく、お菓子も作ろう」
「理久……ありがとう」
理久が照れながら立ち上がり、ほらと手を伸ばして、木にもたれていた美来を助け起こす。
「いつも礼なんか言わないくせに、なんか調子狂うよな。おっし!デザートも考えるぞ~!」
ようやく美来から良い返事をもらえて、部活設立へ一歩近づいたことを喜んでいる理久と渚紗をしり目に、幸樹だけが痛ましいものでも見るような視線を美来に向ける。まるでそれを跳ね返すように、美来が鋭く刺すような目で幸樹を見返した。
その目は、同情なんていらないと語っていた。
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