プロローグ

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「何を生意気言ってるの?あんたのために、私がどれだけ働いて、家事もやって疲れているか分かってるわけ?ほんと可愛げのない子だね」  母は再び上位に立とうとして、あなたのためにという罪悪感を植え付けようとする。  もうそんな手には二度と乗らないと美来が睨みつけると、母はまた手を上げようとした。隙ができた腹を思いっきり蹴飛ばしてやると、母はその衝撃でうずくまった。 「痛っ!痛い。何するの!」 「その何倍もの暴力をずっとふるってきた人がよく言うわ。いい?そのうちあんたの身長を追い抜かす。そうしたら今までの倍にして痛みを返してやるから覚えときな。叩いたらその何倍も殴り返してやる。分かったか、くそばばあ!」  美来の怒鳴り声に怯んだ母を残して、美来は部屋に走っていった。  仕事で溜まったストレスを、躾と称して美来に暴力をふるうことで発散させていた母親は、蹴られたことのショックと、美来の脅しが効いて、その後、手あげかけては何とか思いとどまるようになったが、以前よりも激しく美来を嫌悪する態度を隠しもしなくなった。  愛情なんていらないと(うそぶ)きながら、自分が優位に立てば、ひょっとしたら、見直してくれると思っていた当てが外れ、美来は一抹の寂しさと面白くない気持ちを持て余した。   だが、暴力を受け続けた惨めな日を振り返って、自分の選択は間違っていないと自分自身に言い聞かせると、母親が悪意のある表情で見るたびに、幼稚だなと嗤ってやった。  父は母の言葉を鵜呑みにしてしまい、母のご機嫌を取るようにして、美来を遠ざけた。反抗ばかりする困った娘を相手にすることで、仕事以外に、家庭の中にまで厄介ごとを背負って疲れたくないという態度がありありと見てとれ、家族揃って席につく夕食では、美来は完全に爪はじきにされた。  両親が弟だけに話しかけては、大げさに驚いたり笑ったりする光景は、美来にとっては目障りなだけで、食事時間がだんだん苦痛になっていった。  もう親に対して何の期待もしなくなった美来だが、自己放棄する寸前で何とか踏みとどまった。あんな親のために自棄になって自分の人生を棒に振るのはバカみたいだと、冷えすぎた心で冷静に判断をしたからだ。  だが、表面はいくら大人ぶっても、心は悲鳴を上げていて、美来は重大なダメージを被ったことをだんだんと思い知ることになる。
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