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厨房の中の大きな業務用冷蔵庫内には、深さの違ういくつものステンレス製パッドが並んでいて、理久が取り出して中身を見せてくれた。
寒天上に小さな色とりどりの野菜をちりばめ、コンソメジュレで固めてあるもの、鶏肉をミキサーにかけ、ハーブ、玉ねぎと混ぜ合わせてペースト状にしたパテをオーブンで焼いたテリーヌ、サワークリームとほうれん草をサーモンでくるんだサーモンロール、サラダやマリネなど、色と香りに刺激されて、途端にみんながお腹減ったと言いながら胃の辺りを押える。
パッドをきちんと業務用の冷蔵庫に戻すと、理久はその隣にあるデザート用の冷蔵庫の扉を開けて中を覗いた。幸樹も渚紗も美来も、興味深々で覗き込み、立食用に小さくカットされたデザートの数々に歓声を上げ、すごいと言いながら見合わせる。それぞれの瞳に映った友人たちの顔は、冷蔵庫の中の青白い光に照らされて、目も表情も生き生きと輝いていた。
昌喜がその様子を見て、愉快そうに笑いながらDes Canaillesと言ったので、美来はそれを日本語だと勘違いして、昌喜に相槌を打った。
「そうですよね。でかい成りをして、子供みたいにはしゃいで恥ずかしいですね。ごめんなさい」
「いや、美来ちゃん、フランス語だよ。いたずらっ子達って言ったんだ」
「えっ?いたずらっ子達?……おじさん、それいい!その単語頂き!綴りを教えてください」
いきなり美来が大きな声で叫んだので、みんなが何かと振り返ると、昌喜から綴りを教えてもらった美来が、クラブの名前はDes Canaillesにしようと、楽しそうに言った。
「いたずらっ子達?お父さんも言ってくれるよな」
「僕は賛成!名前も単純で覚えやすいし、意味も面白いよ」
「私も美来の案に賛成!何を作ろうかって、いつも楽しいことを考えるのにぴったり」
昌喜は良いアイディアだと褒めてから、ご褒美をあげようかなと言って、冷蔵庫からデザート用のパッドの一つを取り出した。そこには色々なデザートの試作品が入っていて、昌喜は四枚の小皿に違う種類の試作品を一つづつ載せてカウンターに並べていく。
「確か、美来ちゃんはデザートを担当するんだったね?」
ほら来た!と美来はドキリとしたのを押し隠し、にっこりと笑ってうなづくと、昌喜が皿の上に載った平たい陶器製のカップにグラニュー糖をまぶし、上からバーナーの火を噴きつけて表面を焼いて焦げ目をつけた。
「ワァオ!クレームブリュレだ。美来、プリンとは違うけれど、これもうまいぞ」
美来の前にどうぞと差出ながら、昌喜が茶目っ気たっぷりに質問する。
「これは、今の季節に合うものをと思って、あるものを入れて作ってみたんだが、何か分かるかい?」
美来は顔が半分強張るのを感じた。美味しいで済ませられる感想ではなく、何が入っているか当てろという、美来にとっては最悪の質問だ「。小さなデザート用スプーンを持つ手が震えそうになった。
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