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美来たちは、Chez Naruseで理久の家族と三十分ほど話してからお暇をした。幸樹は理久の家を出るときに、父の会社がこの店で接待をした時に、相手がすごく美味しかったと喜んだことを父から聞いたと昌喜に伝えると、昌喜も妻の佳奈も破顔して喜び、今度は家族で食べに来てほしいという伝言を幸樹に託した。
店の前の道路に出ると、幸樹が美来たちを送っていくと言って、歩いてたった五分の道のりを、美来たちの後ろから自転車を引いてついてくる。
理久の家は、中学校から徒歩で十五分ほどの約一km離れたところにあり、そこから五分ほど歩くと渚紗と美来の家に着く。幸樹の家は中学校から二km離れているので、この仲間内では一人だけ自転車通学だ。自分の方が家が遠いのに、五分の道を送ってくれるところが、幸樹らしいと美来は思った。
四月中旬の五時代は、まだ日の入りまで充分な時間を残していて、休耕田に張られた水をきらめかせ、あぜ道に咲き誇るたんぽぽや、白いクローバーの花に、柔らかな日差しを降り注いでいる。その光と戯れるように、空中をひらひらと浮いたり沈んだりしながら、モンシロチョウが舞い、少し先にある田んぼでは、シラサギが首を前に倒したままの姿勢で静止して、獲物に飛び掛かる隙を狙っていた。
「そういえば、クローバーの花と茎で首飾りを作ったよね。渚紗は上手に編んで、きれいな首飾りを作ったけれど、私は慣れてなくて、頭からかぶろうとしたら、途中で分解しちゃったの。たった一年前なのに、懐かしい気がする」
いつもは喋りすぎるくらいの渚紗が静かなので、美来が渚紗の気を引こうとして、ここに来たばかりのころの思い出を話すと、渚紗は一瞬明るい表情をしたものの、すぐに笑顔を消してしまった。
「でも、半分になった首飾りを、幸樹が繋いで花冠にしたんだよね」
「ああ、そういえば、そんなこともあったな。僕はプラモデルとかを作るのが趣味だったから、組み立てるのが大好きだったんだよね。でも見事に……」
「ドボーン」
三人が田んぼの脇を流れる小川を指さして笑った。
できた冠を美来の頭にかぶせようとした幸樹が、立ち上がって美来の頭の上にかざした途端、びっくりした美来が両手で突っ撥ねてしまい、バランスを崩した幸樹が小川に落ちたのだ。
「理久は俺だけに美来は冷たいっていうけれどさ、僕だって十分虐げられてると思うよ」
「ごめん、ごめんね。あの時はびっくりしたのよ。故意じゃないってば」
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