家族の風景

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 二人が楽しそうにじゃれ合うのを見て、渚紗がぼそりと呟いた。 「理久は美来に本気でやり返すけれど、幸樹は冷たくされても、すごく気を使っているみたいに感じる。何か庇うっていうのかな?調理実習の時も、美来にひどいこと言うなって理久に怒ったし、今日のクレームブリュレの時も変だったし……」 「幸樹は優しいから、困っている人間を見捨てておけないのよ。私が好き嫌い激しいのを知っていたから、つい庇ったの」 「そんなこと、美来は私に言ったことないじゃない。どうして幸樹が知ってるの?」  勢い込んで尋ねる渚紗をなだめるように、幸樹が説明をした。 「僕が美来に聞いたんだ。調理実習の日にずっと不機嫌そうにしていたから、料理を嫌う理由が何かってね」  幸樹の横で、美来がそう、そうと大きく頷くのを見て、拍子抜けした渚紗が、それだけ?と確認する。うん、それだけと美来がにっこり笑って答える。 「でも、そんな理由なら、なおさら私に話してくれたっていいじゃない」 「それが、あれよ。えっと……マイナス面の秘密を知られたくないっていうプライド?好き嫌いを直してDes Canaillesに参加する予定が、中学生になっても治らなかったっていう努力と敗北感を知られたくない気持ちっていうのかな…」 「すご~く小難しいこと並べてるけれど、要はお子ちゃま舌を知られるのが恥ずかしかったってこと?」 「大正解!」  信じられないと渚紗が笑い出したので、美来は、よもぎの花言葉に託して、ずっと仲良くと昌喜が言ったのを無駄にしなくてよかったと安心した。ホッとした途端に、口元に自然に笑みが広がった。  美来とは反対に、普段から作り笑いをする必要もなさそうな幸樹が、今は目を伏せたまま口の端を上げている。美来にはそれが、痛ましいものから目を逸らし、悲しみを堪えているように見えた。  その日の夜、祖母の沙和子と一緒に、キッチンに立った美来は、ハンバーグをフライパンで焼きながら、Chez Naruseで過ごした時のことを話した。 「それでね、理久のお父さんが、ガスバーナーでお菓子に炎を吹き付けた時には、燃えちゃうって叫ぶところだったの。私、カラメルは学校で作ったことはあるけれど、フライパンにお水と砂糖を入れて焦がすようにしたのに、あんなふうにワイルドな方法でカラメルができるなんてびっくりしちゃった」  沙和子は生き生きと話す美来を見て、心から嬉しく思った。美来はここに来て次の日には食べ物に苦みを感じ、その次の日には飲んだ味噌汁が薄いと言った。味付けの好みの違いで濃い味が好きなのかと思った沙和子は、出汁も余分に取り、塩分も大人と同じくらいにしてみたが、美来の舌は味を濃くしても薄いとしか感じず、間もなく全く感じなくなった。  その時の夕食は、サラダと豆腐の肉あんかけと、焼き魚だったことを沙和子は覚えている。美来は口の中に入れたトマトを噛むと、顔をしかめながらティッシュに全てを吐き出し、今度は豆腐の肉あんかけをそっと口に含んだ。
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