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途端にくしゃっと美来の顔が崩れ、しゃくりあげたと同時にそぼろが気道に入ってしまったらしく、ゲホゲホとむせた。沙和子は身体を前に倒した美来の背中をポンポンと叩いて、喉に引っかかったものを出しやすいように介助したが、美来が身を震わせるので、息ができないのかと焦って身を引き上げた。美来は泣いていた。口を開いたまま息を吐くようにあぁーーっと音の無い泣き声が漏れ、一瞬だけハッと息を吸い、またあぁーっと長い無言の泣き声が漏れた。
「美来。どうしたの?魚の骨でも刺さったの?それともどこか痛いの?」
沙和子がオロオロとして尋ねると、美来は泣きながら首を振る。真っ赤になった頬や瞼は涙でぐちゃぐちゃに濡れている。沙和子はどうしていいか分からず、美来、美来と呼び続けているうちに、美来がまつ毛にいっぱいの涙の粒をつけたまま、沙和子の顔を見て、味しないと訴えた。まさかと思って美来の顔を凝視すると、自分の不具合が沙和子の顔を引きつらせるほど恐ろしいことなのだと感じた美来が、今度は大声を上げて泣き出した。
小さな体を抱きしめて沙和子も一緒に声を上げて泣いたのは、まだ一年前のことだ。
今も味を感じることのできない美来が、嬉しそうにクレームブリュレの中に入っていたものを、匂いで当てられたのと話すのを聞いて、沙和子はエプロンの端で目をぬぐった。
「おばあちゃん、何泣いてるのよ。年をとると涙もろくなるって聞いたことがあるけれど、おばあちゃんはまだ若いんだから、泣かないのよ」
黙ってうなづいた沙和子を見て、美来がにっこり笑うと、ハンバーグが焼けるいい匂いにつられて、美来が鼻を動かした。スッと鼻から息を吸い込んでから蓋を外し、フライ返しでハンバーグをひっくり返してもう一度蓋をする。
ジューッという音と白い煙が蓋の中でくぐもった音を立てる。美来は舌で感じられない分、音と匂いに神経を集中させることで、どこまで素材が調理されているかを感じられるようになっていた。クレームブリュレの隠し味を当てられたのも、鼻が敏感になっていたおかげだ。
最近はオーブンで焼くものは、お菓子はもちろん、グラタンやパイ包みのクリームサーモンだって、匂いの変化を感じ取り、できたかどうか当てられるようになった。
ただ、味付けだけはお菓子の材料と同じで、本に書いてある出汁や調味料をきっちりと図るしかないけれど、野菜の大きさや、その時の野菜に含まれる水分の多さや、甘さによって、書かれた通りでは美味しくできないときがあるらしい。匙加減という言葉があるが、沙和子が味見をしながら足す小さじ一杯の塩やしょうゆで、せっかっくの料理が生きたり、物足りないものになったりするそうだ。
残念ながら、美来にはそれは分からない。
そんな思いを吹き飛ばすように、美来は理久の家での話をつづけた。
「理久のお父さんもお母さんも、本当に優しくて、明るくて素敵な人たちなの。私の両親もあんな風だったら良かったのにって思っちゃう。今日はティーパーティーがあってね、幼稚園児をつれたお母さんたちが、子供たちの世話をやいているのを見て、その子と過去を取り換えたくなっちゃったわ」
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