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決して暗くならないように、冗談めかして喋りながら、美来は焼きあがったハンバーグをお皿に盛って、沙和子に渡した。自分の分もお皿に盛ると、ダイニングのテーブルに運び、沙和子の向いの席につく。頂きますと手を合わせて食べだすと、お箸を持ったまま考え込んでいた沙和子が、決心したように口を開いた。
「明後日の土曜日に、お父さんとお母さんが康太を連れて来るっていうんだけれど、帰りに美来も一緒に乗せてもらって、あちらの家に少し戻ってみるかい?」
今度は美来の箸が止まった。一体何を言い出したのかと沙和子の顔をじっと窺う。
「おばあちゃん。どうしてそんなこと……ひょっとして私がいると邪魔?」
「違う!今の話を聞いていたら、お父さんとお母さんが心を入れ替えて、良い親になったら、美来は一緒に暮らしたいんじゃないかと思ったのよ」
「あの人たちがいい親になれるわけがないわ。弟の康太になら別でしょうけれど……」
「お父さんが言うには、お母さんは本当に後悔しているって話だよ。もし美来が帰ってきてくれるなら、今度は絶対に手を上げないし、優しくするからやり直したいって言ったらしい」
「……」
美来は行儀悪いと知りながら、野菜スープをスプーンでぐるぐるかきまぜながら、沙和子から聞いた話を考えてみた。
一、二か月に一度、父は美来の様子を見に祖母の家へと訪ねてくる。父が来る前に、美来の着替えや、勉強や、遊びに必要なものを、沙和子が知らせているので、それらを父が用意して持ってくるのだが、美来は受け取る時だけ顔を見せ、あとは渚紗たちと一緒に出掛けてしまう。
幸樹も理久も、美来の父が帰るまでの数時間を、勉強したり、映画を見たりして一緒に時間をつぶしてくれるのだが、このままでいいのかと聞かれることもある。
逆にこのままではいけないのかと聞きたくなるのを、きちんとした家庭で育った彼らには、分からないのだろうと思って、飲み込んできた。
一番親に甘えたい盛りに与えられなかった愛情を、今さら両親がくれると言っても、もう中学生の自分には必要ないと美来は頭で考えつつ、心の中では今日のChez Naruseでの理久と両親とのやり取りを、憧れないではいられなかった。
あんな風に両親と心を通わせることができるだろうか?母は手をあげたことを後悔していて、優しくするからやり直したいと言っているという。康太だけに向けられた目が私にも向いて、優しい言葉をかけてくれるようになるのだろうか?
「会うだけなら会ってもいい。でも、一緒に帰れるかどうかは分からない」
沙和子にそう言いながらも、美来は親子四人で、仲良く手をつないで歩くことを思い浮かべていた。
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