家族の風景

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 次の日の金曜日は、春の陽気に当てられて授業中に眠気を覚えても、先生が注意する声以外、眠気を遮ることも無いような穏やかな一日だった。  学校の帰り際に、明日は両親と弟が来ると三人に伝えると、お父さんだけじゃないのかと理久が心配そうに言うので、美来はちょっとからかってみたくなった。 「母が改心したから、一緒に暮らしたいって言っているらしいの。今度は優しくしてくれるらしい。理久も幸樹も、このままでいいのか?って言っていたから、会うのにいい機会かもって思ったの」  すると理久と幸樹が顔を見合わせて、意味が違うよなとぶつぶつ文句を言い始める。 「僕が言ったのは、このまま泣き寝入りしてもいいのかっていう意味だよ。美来だけ痛い目にあって、あっちは知らん顔して暮らしているわけだろ?美来の親のことだから、僕がけしかけるわけにもいかないから黙っていたけれど、警察に届ければよかったんだよ」 「おっ⁉幸樹が珍しく攻撃的になっているぞ。でも、俺もその意見に賛成!そいつら親じゃねぇよ。俺が言おうとしたのは、ばあちゃんの子供になるとか、きちんと手続きしなくていいのかってことだよ」 「えっ⁉そういう意味で言ってたの?」 「当たり前じゃない。そんな親のところへ帰れなんて誰も思ってない。私は肋骨にひびが入ってコルセットをはめていた美来を見てるのよ。帰ったら殺されちゃうかもしれないわ。ここにいればいいよ。美来はもう、私たちの仲間なんだから」  そうだよ!と、あとの二人が頷くのを見て、美来は嬉しさとともに、居場所の無かった自分が、ようやく根を下ろすことのできる場所を見つけられたのだと思った。  あまりにも悲しくて、つらくて、どこかに行ってしまいたいと本気で願いながら、行く当てもなく歩きだしては、どこにも逃げられる場所がないと悟って家に帰ったあの頃。  自分を捨てた本当のお母さんが、いつかは自分を恋しく思って迎えに来てくれるのではないかと期待して、今にも押しつぶされそうな心を救ってくれるのを、待って待って、待ちくたびれてしまった絶望の日々。  どっか行きたいなが口癖になって、どこかが何処にあるのかを探して、テレビや本の中の景色を必死でまさぐっていた折れそうな自分。その顔もぼんやりとして、記憶の中では不確かなくせに、いびつな心だけはしっかりと形成されて、今も美来の中に根差している。 「美来。お前はDes Canailles(いたずらっ子達)の大事なメンバーなんだからな。俺たちを見捨ててどこへも行くなよ」  理久の言葉と、ずっと一緒だぞと繰り返す仲間の言葉を聞いた途端、辛い記憶が薄れていき、ぼやけていた過去の顔にも希望の光が射して、心の中で今の美来の顔に重なって鮮明になった。 「うん。ここにいる。明日は一緒に帰ろうと言われても断るよ」  絶対だぞと言いながら、みんなは心の中で、子供の弱い立場を痛いほど意識していた。だから、美来には内緒で、土曜日には渚紗の家に理久と幸樹が集まって、美来の家の周りを見張ろうと約束をした。
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