家族の風景

13/19
前へ
/113ページ
次へ
 その日の夜、約一年ぶりになる母と康太との明日の再会を、美来はあれこれ想像してしまい、緊張してなかなか寝付けなかった。  どんな顔をして会えばいいのだろうと考えた時、顔というワードが引き金になって、母親の怒鳴り散らす顔や、振り下ろされる大人の大きな手や、その直後に受ける衝撃と痛みが頭を横切り、美来は手で頭を覆いながら、仲間たちの名前を呼んだ。 「渚紗。理久。幸樹……渚紗。理久。幸樹」  頭から嫌な映像を追い出そうとして、必死で仲間たちの名前を唱え続けると、息が少し楽に吸えるようになった。  父の前では暴力を振るわなかった母親が、祖母と父がいる前で、あんな暴力を振るうはずがないのだから、怖がる必要は無いと自分自身に言い聞かせる。  自分に優しくしてほしいと思う反面、自分以外の人の前では良い顔をする母親が、改心して良い母になったと評価をされたら、それまで自分が受けた痛みはどこに持っていけば癒されるのだろうかと美来は複雑な心境に陥った。今までは、母を憎み、存在を抹殺することで、何とか自分を保ってきたのに……そんなことを考えても、答えがでるはずもなく、考え疲れた美来はいつの間に眠りに落ちていた。  そして、次の日の朝はいつもと変わらず、カカカカッという庇の上を歩く雀の足音で起こされた。  最近雀たちは美来に慣れたのか、窓のサンに止まって部屋の中を覗き込むことがある。ちいさな頭がサン越しに見え隠れするのをぼーっと見ていた美来は、ようやく朝になったということに気が付いて、伸びをした後、はぁ~あと大きなため息をついた。  朝十時ころに父の車が沙和子の家の駐車場に着いた。  出迎えるために外に出た沙和子の声がして、康太の元気な挨拶が聞こえる。はきはきした物言いに、そういえば弟はもう小学校二年生になったのだと思い当たった。  二階の吹き抜けからそっと様子を窺うと、玄関の引き戸の枠の間のすりガラスに祖母の影が映った。引き戸を開けながら端に寄った沙和子の脇から康太が玄関に飛び込んでくる。だが、慣れない家で不安になったのか後ろを振り返った。  尖った靴先が玄関の石畳を踏んで現れ、続いてスカートに包まれた下半身が見え、上半身に続き、肩と頭のてっぺんが扉をくぐった。  あの女だ!と思った瞬間、美来は頭を引っ込めて、壁の影に隠れてしまった。  沙和子が玄関から吹き抜けを見上げて、美来と名前を呼ぶのが聞こえる。でも喉が詰まったように声が出なくて、美来は気持ちを落ち着かせ、何度目かの呼びかけにようやく返事をすることができた。  父母と康太はリビングではなく、階段を下りてすぐ右手にある客間に通されていた。ソファーに座っている両親にこんにちはと平坦な声であいさつをすると、康太がお姉ちゃんと叫んで駆け寄ってくる。飛びつかれて緊張が緩み、口元に笑みを浮かべた美来のもとへ、今度は母親がやってきた。途端にまた身体が硬くなる。  無言で見返すと、母親は一瞬怯んだ後、引きつるような笑顔を浮かべて、美来に話しかけた。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加