家族の風景

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 理久が言い返そうとしたときに、バシャと水音がして、ウァーーンと康太の泣き声が響いた。何が起きたのかとみんなが視線をそちらに向けると、渚紗が地面の一角を指しながら、康太が水ガメに落ちたと叫んでいる。  母親が竹をまたいで尻もちをついたが、あたふたとしながら起き上がると、よそ行きの靴が汚れるのも構わずに、畑の中を康太の元へと走っていく。理久と幸樹も、美来を地面から引っ張り起こすと、その後を追った。  駆けつけたみんなが見ると、畑の真ん中ぐらいに水のたまった赤茶色の素焼きの壺が埋められていて、そこに落ちた康太が、瓶の縁に捕まり頭だけを出して大泣きしている。直径一mほどの瓶の中の水は雨水で、表面は藻と浮草で覆われ緑色に変色していた。  普段は蓋がしてあるのだが、康太は蓋を蹴飛ばして、勢い余ってその中に落ちたらしい。  顔に緑の浮き草をつけて大泣きしている康太を見て、母親は身震いすると、美来を睨みつけて手を振りかざした。 「あんたって子は!康太をどうして見てないの!」  硬直した美来を幸樹が後ろに引っぱり、理久が前に出た。 「叩いてみろよ。美来は訴えなかったけれど、俺があんたを傷害罪で訴えてやる」 「な…何て生意気な…」  絶句する母親に向かって、今度は渚紗が口を挟んだ。 「生意気っていうのは、そこにいる緑色の僕ちゃんのことかしら?早く助けないと沈んじゃうかもよ。一応深さが一メートル五十センチくらいはあるから」  慌てた母親が康太に腕を伸ばした時、渚紗が言い忘れていたと続けた。 「それね。昔は肥溜めって言ったんだって。分かる?糞尿を入れて肥料を作って畑に巻くのに使ったの。今はただの雨水だけれど、私なら落ちたくないわ」  それを聞いた途端、康太に伸ばした手を引っ込めた母親は、理久と幸樹が笑いをかみ殺しているのを睨みつけ、美来に向かって命令をした。 「美来、お姉ちゃんなんだからあなたが助けなさい。康太を見ていなかったあなたの責任なんだから、早くして!」  美来と仲間たちがカチンときて何かを言い返そうとしたとき、後ろから凜とした沙和子の声が響いた。 「何をしているの⁉あなたが母親なんだから、自分の子は自分で面倒を見なさい!こうやって美来にいつも康太の面倒をみさせて、美来だけにつらく当たっていたのね?」  みんなの冷たい視線を浴びて、母親が嫌そうに康太に手を伸ばし、水瓶から引っ張り上げた。康太が泣きながら抱き着こうとするのを、母親は手を突っ張ってやめさせようとしていたが、縋りつこうとする康太に押されて、後ろにある畑の畝につまずき、康太もろともひっくり返ってしまった。
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