交わした約束

4/11
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/113ページ
 沙和子の家は何十年も昔に建てられた昔の家で、マンションや今時の戸建てのように、内部が全て白い壁紙で覆われているのとは違い、階段も壁も木目のあるダークブラウンの化粧板が施されていて、重厚な趣がある。  玄関の上には吹き抜けがあり、西側の明り取りの窓から差し込む光が、階段に沿って西側の壁まで続く模様の入った数本の木の支柱と手すりを浮かび上がらせている。訪れた人はみな、この家が大工によって丁寧に造られたものであることを容易に想像できた。  美来は階段を下りるときに、吹き抜けに設けられた支柱に捕まりながら、北西に位置する玄関を見下ろしたが、そこには誰の姿も靴も見当たらなかったので、先ほど聞こえた声の主は、北東にある勝手口から上がったか、家の中にいるのではなく、南の庭に回り込んだのだろうと思った。  階段は途中で小さな踊り場を挟んで左に折れ、ダイニングへ繋がる廊下に降りる。左手には玄関と玄関ホールがあり、ピカピカに磨かれた床には、玄関ホールの上にある空気を入れ替えるための小さな窓が映っていて、沙和子の手入れの良さが子供ながらにも分かった。なぜなら、美来が住んでいたマンションの床には、雨空に浮かんだ灰色の雲のような埃が隅っこに固まっていて、人が通ると生き物みたいにうようよと動いていたからだ。  今更ながら、ここは家とはずいぶん違うということを意識する。そうすると途端に遠慮する気持ちが湧いてきて、ダイニングに入る扉をそっと開いた。  部屋の向こう側に背を向けた沙和子が見える。声をかけようとしたその時、沙和子の話す声が聞こえたので、電話をしていることに気が付いた美来は、黙ってダイニングに足を踏み入れようとした。 「ええ、美来は寂しがりもしないで、こっちで色々な物を発見して楽しんでいるわよ。暫く様子を見るから、あなたは康太が虐待を受けていないかどうか、注意して見ていないとだめよ」  弟の名前が出た途端、美来の足は床に張り付いてしまい、部屋に入れなくなった。  もし、康太までが母親から暴力を受けるようになって、ここに来たとしたら、おばあちゃんは康太の方ばかり見るようになって、私はまた要らない子に逆戻りするんじゃないだろうか?と想像したら、胃がぎゅっと締まったように感じて、足が動かなくなったのだ。 「そうなの。美来には酷く当たったくせに、異性の子供なら大丈夫なのね?それでも、今だけかもしれないから、油断せずに気を付けて見ていてね」  弟はここに来ないと聞いてホッとした美来は、全身に入っていた力が抜けるのを感じた。沙和子の背中を凝視していた美来は、近づいてきた影に気が付かず、目の前に、いきなりひょこっと女の子が現れたのに驚いて、悲鳴をあげそうになった。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!