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「驚かせてごめんね。私、隣に住んでいる水谷渚紗です。よろしくね」
「お、おはよう。山吹美来です」
「美来ちゃん。何歳?私来月が誕生日で十二歳になるの。今度六年生」
「私は先週十一歳になったの。早生まれだから、同じく今度六年生」
「うわぁ!一緒だね。一緒っていえば、美来ちゃん。うちのひいおじいちゃんも、美来ちゃんとお同じような腹巻を巻いてるんだよ」
「腹巻?」
美来は何のことを言っているのだろうと思いながら、渚紗がじっと見ている自分のお腹を見下ろして、吹き出してしまった。
「痛たたた。笑わせないで。これはコルセットだよ。腹巻じゃないの」
「コルセットって何?どうしてそんなもの巻いているの?」
電話を終えた沙和子が、コルセットの話を耳にして、美来が嫌な思いをするのではないかと心配そうに見つめている。美来は笑顔で沙和子に大丈夫だよと知らせると、渚紗に説明をした。
「これはね、医療用なの。ちょっと肋骨にひびが入っちゃって、動かないように固定しているの」
渚紗はコルセットを見ながら美来の言葉を聞いていたが、肋骨にひびと聞いた途端、良く動く表情が強張り、急にストンと床にしりもちををついてしまった。
美来が脇をかばいながら片膝をつくと、渚紗が先ほどの興味深々という態度から一転して、まるで怖いものでも見るようにコルセットを一瞥してから、大丈夫?と心配そうに美来の顔を覗き込んで聞いた。
「大丈夫じゃないのは渚紗ちゃんでしょ?立てる?」
美来が苦笑しながら、渚紗に手を差し伸べると、渚紗は首を振りながら、怪我をしている人の手助けはいらないとばかりに、手を押し返してきた。
「うん。私は大丈。骨にひびが入っているって聞いて、ちょっとびっくりしただけ。美来ちゃんは強いんだね。すごいよ。尊敬しちゃう」
肩までのまっすぐな黒髪を揺らしながら、渚紗が両手を胸の前で合わせて、憧れの視線を送ってくるので、美来はパジャマの上にコルセットを巻いたダサい恰好でいることが、恥ずかしくなった。
母親からは疎まれたのに、ここではほんの少しのことで褒められる。まるで弟の康太になった気分だ。弟はまだ小さいから、言葉通り受け止めて、素直に喜んでも許されるけれど、小学校六年生にもなれば、お世辞で相手を喜ばせることぐらいは知っている。
こんな格好で喜んだら、バカに見られるかもしれない。本当は褒められて、嬉しいようなくすぐったい気持ちを持て余しながら、ぬか喜びをして落ち込まないように、美来は曖昧な笑顔で自分の心をも誤魔化した。
「美来ちゃん、もしお腹が痛くないようだったら、一緒に探検する?お母さんがよもぎ餅を作ってくれるから、よもぎの葉っぱを探さなくちゃいけないの。手伝ってくれる?」
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