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「うん、行きたいけれど……」
美来が祖母の顔色を窺うように振り返ると、沙和子は少し悲し気な表情を浮かべて、美来の頭にそっと手を載せた。
「子供は大人に対して、そんなに気兼ねをするもんじゃないよ。素直な気持ちを言えばいい」
優しく諭す沙和子に応えたいと思っても、美来の口は上手く動いてくれなかった。今まで本当にやりたいこと、言いたいことは母に揉みつぶされ、期待を挫かれた美来が消沈する様子を、面白そうに眺められたのだ。
これまで言葉にした途端に、惨めな思いを味わっただけに、今更素直に言えと言われても、急に素直になれるわけがなかった。
でも、本当は言いたいのだ。
『おばあちゃん行っていい?よもぎ餅っていい香りのする緑のお餅でしょ?私も食べたい』
それなのに、喉まで出かかった言葉は、つっかえたように出てこない。顎を引き、押し黙ってしまった美来を見て、沙和子はまるで美来が心の中で尋ねたのを聞いたように答えた。
「行ってもいいけれど、まだ肋骨が心配だから、おばあちゃんもついて行くわ。変な葉っぱと間違えると大変だからね」
「変な葉っぱ?」
嬉しい、ありがとうという言葉が言えない代わりに、美来は疑問でごまかしてしまった。自分の不器用さが嫌で、祖母の優しさを袖にしてしまったみたいに感じて、言い直そうとしたとき、キッチンにある勝手口のドアがノックされ、外から女の人の声が聞こえた。
沙和子が段差のある上り口から降りて、半身だけドアの外に身を乗り出す。
「あっ、山吹さん、おはようございます。水谷です。渚紗がお邪魔してませんか?お使いを頼んだのに帰って来ないから、迎えに来ました。朝早いから、ドアの前に置いてきなさいって言ったのに、もしかして呼び鈴を押してしまいました?」
「いやいや押してないですよ、私が外で掃き掃除をしているところに来てくれたから、手渡しでもらって、引き留めてしまったのよ。いつも新鮮な野菜をありがとうね」
「そんなのたくさん取れすぎて、困ったものだから、食べてもらえると助かります」
沙和子が渚紗を呼ぼうとして勝手口を大きく開けたとき、渚紗の母がキッチンを覗き込み、美来の姿に目を留めた。
「あら?お孫さんかしら?」
そう言いながら、美来のコルセットを見て言葉が続かず、水谷は沙和子の顔を気遣うように見ながら、どうしたのかを聞いた。
「孫の山吹美来です。ちょっと怪我をして預かることになったの。美来、こっちへ来て挨拶をして」
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