思いがけない出会い

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思いがけない出会い

 理久が中心になって作った洋風サイドメニュー(総菜)のクラブDes Canailles(デ・カナリ)は、当初十人くらいのスタートだったが、料理を一から教える家庭科クラブや、料理クラブと違い、自分たちで考えたオリジナルレシピを発表したり、既存のレシピをアレンジしたものを考えたりしなければならず、家で家事の手伝いもしたことが無い普通の中学生ではついていけなくて、止める生徒が続出した。結局残ったのは、理久、美来、渚紗、幸樹の四人だけだった。  美来の家族のいざこざを目にしてから、結束を固めた四人には、部員が自分たちだけになったところで問題はなく、半年間の試作を重ね、ようやく一、二品の総菜をDes Canailles の名前で、理久の父のレストランChez Naruse(シェ・ナルセ)に置いてもらえるようになった。  最初、肉や野菜の材料は、昌喜と渚紗の祖母が殆ど用意してくれる予定だったが、幸樹の母と美来の祖母の沙和子が話し合って、材料費は結局四人で分割することになり、四人はお互いに気兼ねすることなく、どんどん新しいレシピに挑戦することができた。  気の知れた仲間と頭を突き合わせてする作戦会議は、ひょっとしたら、今まで誰も味わったことのない料理を、自分たちの手で作り上げることが出来るかもしれないという期待に満ち溢れていたし、そんないたずらっ子達を見守る大人の優しい言葉や態度に触れる度に、美来は祖母以外で初めて大人を信頼することができるようになった。  思いやる気持ちは目には見えないけれど、丹念に泡立てた卵の中の空気のように、お菓子のスポンジをふわっと膨らませて、食べた人を幸せにする役割があるんじゃないかと美来は思う。親切にしてもらったお礼を言葉でうまく伝えられない分、美来は少しでも美味しいお菓子を作って、仲間たちや、その両親たちに喜んでもらいたいと思い、生地の練り加減、焼き加減などの工夫を怠らなかった。  ただ、幸樹はそんな一生懸命な美来の姿を手放しで喜んではくれず、美来が味覚障害であることを、理久や渚紗に知らせた方がいいと何度も美来に注意をした。その方がいいと美来にも分かってはいるけれど、言わずに済むなら済ませたいと心がぐずって、なかなか踏ん切りがつかない。  せっかく幸せだと思えるようになったのに、家族の虐待が残した傷跡を話した途端、また過去に囚われて、幸せが逃げてしまうのではないかという不安にかられる。それにもまして、周囲が事実を知った時に、お菓子を作る役目は無理だと判断されて、メンバーから外されるのが嫌だった。
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