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そして私は走り出した。怒らせてしまったヒカリに謝るため。
あいつはあいつで、悩んでいる事や、不安な事があったのだろう。
もしかすると、正気じゃないのかもしれない。
いや、正確に言うと、正気になれないのだ。
それは無理もない事である。
ヒカリが1番恐れているのは、私が使うバグの事ではない。
寧ろ、私の使うバグとそれを比べたら、問題の規模が違う事は、誰が見ても一目瞭然だろう。
ヒカリが1番に感じている恐怖。
それは、この世界そのものをバグとして捉えている事である。
ここは、この世界は、私達の知っているアリス・オンラインではない。
何度もそう思って来た。
そう言い切れば、後は受け入れる事が出来ると思っていた。
だが、それが本当の問題では無かった。
本当の問題は、この違和感だ。
私の肉体は既に3年前に死んでいる。しかし、今こうして、本来生きていないはずだった私が、今こうして立っている。
しかも、私が立っているこの世界とは、本当は存在しないはずだった世界だ。
私は前世の記憶が創り出した、残り物だ。
普通に考えれば、存在しないはずの自分が、世界が、存在するとすれば?。
存在しない理が、私達の目の前に姿を現したら?。
私達は、それを狂った存在と呼ぶ事だろう。あるいは、不合理な存在と。
そして、もしかすると、自分という存在自体に対しても、彼女はバグであると考えているのかもしれない。
私達は人間ではない。
母親の体内から生まれたわけでもない。
つまり、生物学的なプロセスを踏んで生まれた生き物ではない。
人はそんな私達を何と呼ぶのだろうか?。
誰かが、何者かが、人であると、生物であると証明してくれるだろうか。
私達は、生きていると言えるのだろうか。
膨大な人間の記憶から生成されたデータの集合体と、そのデータを処理する演算機関が私達の正体であるならば、それは「データ」と「データの流れ」だけとなり、生きている人間と呼ばれるには、程遠い存在ではないだろうか。
生きていないのに、生きている。
私達を一言で言い表すとすれば、そうなるだろう。そう、私達は矛盾だ。矛盾している存在なのだ。
これはもはやバグでしかない。
ヒカリも恐らく、私と同じ事を考えているのだろう。
数分程走った先にヒカリは居た。
ヒカリは1人キャンプをしていた。
真夜中は危険なモンスターで溢れているが、キャンプをすれば、そのエリア一帯は安全地帯となる。
そのため、モンスターと戦闘になる事もない。
俺Tueeeeしたいモンスターに対して挑発的なプレイを好む私からすれば、キャンプなど、低レベルでチキンなプレイヤーがする残念イベントとしか思っていないが、ヒカリはどうやら、どこかの建設現場でよく見かける、あのフレーズのように、安全を徹底する事を第1 に優先し、また、最もその事に全力を出しているようだ。
しかし私は、彼女がこの世界で魔王の肩書きを持っているという事を知っている。
こんなにも、自分の身の安全を何よりも優先する魔王がいれば、勇者も興醒めだろう。
というか、自身にとって最も脅威となる勇者とは、出会わない運命を何よりも望むだろう。
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