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笑っていれば良い事があると告げたのは、母だった。
母は美しい人だった。薹が立つ頃になってもただ美しかった。
翠の瞳に白磁の肌、艶のある金の髪。
「それだけの人だった」
それ以外の何も持たないただの女。
教養もなければ、特別何か芸が出来る訳でも無い。
ただ、人を圧倒する美しさだけが武器だった。
そんな母を私は軽蔑していた。
幼少期は幸せだった。何も考えず、生きていられた。母が美しいと褒められれば嬉しく誇りに思えた。母より美しい人は居ないだろうとさえ思っていた。私自身も可愛いだの綺麗だのと言われ、母と同じ賛辞を貰える事を誇りに思っていた。
ある程度の年齢でその誇りに雑音が混じった。
貿易商の父には莫大な資産があること、母の愚かな過去を知った。
それだけで周りの人間の本心が、裏に隠れた本音が聞こえ始めたように思う。
全てが悪いものばかりではなかった。しかし、悪い噂は良いものよりも心に残りやすい。
決定的だったのは私が父の子供ではない可能性があると聞いた時だった。
母にはもともと婚約者がいたらしい。それを横から掠めとり娶ったのが父だ。
とは言え、母は父の我儘な行為に反抗はしなかった。寧ろ、幸運と言わんばかりに身を転じさせた。身分、金、共により好条件だったのは父の方だったからだ。
浅ましい欲に塗れた選択と言わざるを得ない。
さらに、母にはその時婚約者とは別に恋人がいたらしい。すぐに結婚に及んだのもその恋人の子を孕んだことを隠すため。
そんな噂がまことしやかに流されていた。
それを知っているのか知らないのか。何も言わず咎めず。ただ、母の美しさに傅き、連れ回す父が大嫌いになった。その関係に対し、気持ち悪いと思った。
それ以外の感情を抱くことが出来なかった。
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