歪訳:シンデレラ -上

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美しさは何時の時代も持て囃され、且つ咎なくとも迫害されるものである。 しかし、数多ある物語は勧美懲醜となっている。 美しいものは勝利を収め、醜いものは罰せられ地に堕ちる。 まさに、その代表ともいえる誰もが知る寝物語。 灰被りの少女と醜い姉妹の物語 さて、一昔前の。 一人の幸福な少女がいた。 澄んだ蒼い瞳にミルク色の肌、後ろに靡く金糸の髪。シンプルなワンピースが少女の美しさを際立たせる。 薔薇色の頬には常に笑みが浮かんでいた。 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。 動くビスクドール。 少女の容姿を褒める言葉をあげれば、キリがないだろう。 父母に愛された少女は幸せな幼少期を過ごしていた。 何処にでもいる姉妹がいた。 青い瞳に白の肌、チョコレイト色の巻かれた髪。鮮やかな色のドレスは姉妹の凡庸さを隠すように目立っていた。 一つ歳の差のある姉妹は微笑み合い、時に貶し合いながらもそれなりの幸せを享受していた。 しかし、姉妹には不安があった。 父と母の関係である。 姉妹の父母は大変仲が悪かった。 もともと愛のない結婚だ。跡取りの息子を産むことだけを求められた、悲しい女。それが姉妹の母親だった。 時が経ち、それぞれの家庭に不幸が訪れる。 少女の母親は病死した。 姉妹の父母は離縁した。新しい妻を娶った男は、元妻と自らの子を追い出し、新たな暮らしを始めた。 時が経った。 少女の父親は少女の為に新たな母親を求めた。仕事上、彼は家を空けることが多かった。故に求めたものは「女」ではなく「母親役」だった。 姉妹の母親は子供を生かす為に金を求めた。生きる為には金がいる。綺麗事だけで生きていけるのなら、誰も苦労しないだろう。 利害が一致した二人は出会って間も無く結婚した。 姉妹は密かに喜んでいた。 新たな家族、妹。 直ぐとは言えずとも、ゆっくり絆を育めば良い。 出会った瞬間から少女の美しさに二人は感嘆していた。 少女の事を気にかけガラス細工に触れるかのように大切にしていた。 母親を無くした可哀想な美少女に二人は夢中だった。 自らのドレスを着せ、甘味を分け合い、共に遊ぼうと…努力した。 その二人に対する少女の反応は変わらなかった。 ただ微笑み、されるがまま、言われるがまま。 反論せず、姦しい姉妹に付き合う。 家を空ける直前、少女は父に言われていた。 継母の言うことを聞くように。 義姉達と仲良くするように。 自分がいない間、彼女達との間に問題を起こさないように……… 茶色い瞳が寂しげに揺れていたことが印象深く少女に残っていた。 初めは緊張しているのかと勘ぐっていた姉妹だったが、少女の態度がいつまで経っても変わらないことに気が付いた。 人の関係は互いが歩み寄らない限り発展しない。内鍵と外鍵が開いて初めて人と人は触れ合うことが出来るのだ。 姉妹は少女と仲良くなることを諦めた。 二人が欲しいと願ったのは家族だった。 微笑むだけのお人形が欲しかった訳では無い。着せ替え人形なら玩具で十分だ。 やがて、二人の行動は歪み始める。 言われれば何でもやる少女に少しずつ雑用を押し付け始めたのだ。 始まりはある日のティータイムだった。 お茶を淹れてちょうだい、と何気なく上の姉が少女に頼んだ。妹がピアノのレッスンを受けている間、少女と二人でお茶でも飲もう。そう思いたったのだ。 少女は何を言うでもなく、お茶を淹れた。 茶の入ったティーポット、砂糖とミルク、ティーカップが一つ。 ……………一つ? 少女はいつもの微笑みを浮かべながら、姉の前にティーカップを置き茶を注いだ。 そして、その場から立ち去った。 姉は唖然とせざるを得なかった。 確かに自分は共に茶を飲もうとは告げていない。だが………。 不意に怒りが姉の心を支配した。 歩み寄っても歩み寄っても遠くへ消えてしまう。まるで逃げ水だ。 それから、少女に対する姉の態度は着々と変わり始めた。 少女を避けるように行動し始めたのである。 少女がそれをまるで気にしていない様子がさらに姉の怒りを加速させた。 妹は困惑した。今まで少女を構い倒していた姉が急に冷たい態度をとり始めたのだ。喧嘩したのかと聞いても誤魔化すような言葉が返ってくるばかり。少女に聞いても、曖昧な笑みと言葉が鼓膜を揺らすだけだった。 心配した妹は母親を頼った。姉達の様子がおかしい、と。 しかし、それも無駄だった。母親は母親で切羽詰まっていたのだ。元夫に追い出され、離縁され、再婚した。その傷を癒し、矜恃と立場を確立しなければならない。社交界で生き抜くために女はただただ必死だった。 自分がなんとかしなければ、そう思った妹は二人の架け橋になろうと懸命に動いた。嫌がる姉を連れ出し、少女とティータイムを過ごさせた。食事の時間には常に二人に話題を振り続けた。それは痛々しい努力だった。 折れることの無い姉たちに精神が消耗したその時、事件は起こった。 ピアノのレッスンが終わった妹は厨房へ向かった。レッスン後に甘いものを摂取するのが妹の日課だ。ふらりと厨房内へ入るとそこに少女が立っていた。 憧れていた金糸の髪が、くすんでいる事に妹は気が付く。いや、おかしいのは髪だけでない。 シンプルな白いワンピースの肩元、そこから上が灰色に染まっていた。 一体何があったのか、妹は慌てて尋ねる。 少女は笑みを浮かべながら答えた。 「灰を片付けようと思って…」 曰く、少女に暖炉の肺を片付けるよう姉が命令したらしい。 さすがにおかしいと、姉に対する怒りを顕にした。妹は息巻いて姉の元へ向かおうと… そこで少女に目をやった。 少女は変わらずただ微笑んでいる。 微笑んでいる。 妹はそこで初めて笑顔に恐怖を覚えた。 何故、ここまでの仕打ちで笑っていられるのだろうか。 嗚呼、気持ちが悪い。おかしい。この人はおかしい。 何をされても笑っていられるなんて。有り得ない。 妹はその場から逃げ出した。 灰被りの怪物をその場に残し一目散に姉の元へと駆け出した。
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