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菜央はキッチンに入って来てから何を話すでもなくじっと、俺の作業を眺めている。昔から静かな子だった。大人しいというよりは静か。朗らかな印象の奥にしんとした透明な場所をもっているのだ。
一見すると会話のない冷ややかな関係に見えるかもしれないが、俺たちにとってはこういう静かな時間が確かに大切なのだった。少しずつ時間を重ねている実感が持てるのはこういう時に他ならないからだ。
言葉すら人と人とを隔てる距離になるのだと、それを知っている人は案外少ないと思う。菜央はそれをよく分かっている。体験として知っているのだ。その体験が彼女の静かで透明な場所に一筋の影を投げ込んでいる。俺はそれを知っている。だからどんなことよりも、何をなげうっても彼女の世界を守りたいと、そう何度も思うのだ。
歌詞にしたらそれなりなラブソングになりそうなことを頭の中で並べ立てながら淡々と包丁を動かしているうちに、最後のジャガイモを切り終えた。ちょうどいい枚数になっているはずだ。
何故か菜央までほっと息を吐いている。そこまで緊張感があったのだろうか。そして腕をまくりエプロンをつけた。これからこの大量のジャガイモを揚げていくのだ。
「おいしそうだね」
程良い温度になったであろう1枚を菜央に差出す。一口齧るとぎゅっと何かに耐えるような表情をした。
うん、おいしい。そう言葉にするほんの一瞬の間のことだ。すぐに緊張は消え去り、手際よくお茶の支度を始めた。
こういう一瞬だ。途端に1人で何処かへ行ってしまうとき、いつも俺はなすすべも無く立ち尽くすばかりなのだ。どうにかしてそっちまで行けないかと思ってしまうのは傲慢なのだろうか。
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