十二月四日 (晴れ)

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 十二月四日 (晴れ)

 昨日の雨も上がり、いい天気だ。会社を早退して、飛んで行ったよ。分かってるよ、休むなんて言ったけど、当日といのは、やっぱりな。お腹が痛くなったなんて嘘、すぐにバレると思ったけどね。何だろう、主任がいやに優しくてさ。お腹を温めて寝てろ、だってさ。なんか、気味が悪いよ。  切符売り場で名前を言ったら、ニコニコして「ああ、いとこの方ね」だってさ。無料で入れてくれた。そうはチコも言ってくれたけど、少し不安だったからお金は持っていったけどね。やったね! 関係者扱いされたってことだよ。なんかさあ、芸能人の一員になったような気がしてさ、ウキウキしちゃったよ。  でもね、腹の立つステージだった。あんな酷い仕打ちを受けるなんて。主役の衣装替えがもたついたらしくて、ホンの数分間だけのことなんだけど急遽チコが出てきてね。精一杯歌い上げている時、観客のざわめきは仕方のないことかも知れないとしても、さ。一曲の予定が、衣装替えに手間取ったらしく二曲目に入ったんだ。それはそれで、僕としては嬉しいんだけれど。ところが急に出てきて、サビって言うのかな。歌い上げている途中で、そこで打ち切り。バンドが曲を変えてしまった。チコは深々と頭を下げてステージから消えた。  食事の最中、憤慨しているぼくに、優しく微笑んでいたチコだった。食事かい? もちろんおいしかった。一番のラーメンだった。チャーハンも食べたし。それで驚いていた、その食べっぷりに。財布が心配だって、冗談も言われたりして。もう、最高! 嬉しいことに、この近くに来たら、また一緒に食事しましょうってさ。  実はさ、話すのはやめようかって思ってたんだけど、やっぱ言っちゃおうかな。くくく……。聞きたいかい? 切符売り場のおばさんがさ、小声で言うんだよ。「付き合ってどれくらいなの?」って。そんなんじゃないんです、って言ったんだけど「あの娘(こ)も歌は上手なんだけとねえ、時流に乗れなかったのよ。今じゃ、事務所にいいように使われて。可哀相な娘(こ)なのよ」なんて、しみじみと言われて、ぼくとチコが恋人同士だって決めつけられちゃったんだ。弱っちゃうよなあ、誤解されて。そんなの、チコに迷惑だよなあ。ぼくなんて、頼りないし、給料も安いし、年下だし、そうか、年下なんだ。どうせ、弟ぐらいにしか思ってないよ。  今夜はここまでだ。
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