八月二十九日 (曇り)

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八月二十九日 (曇り)

 八月も終わりの日曜日の今日、彼女に連絡を取らなかったことが悔やまれる。同じ会社とはいえ、ぼくは現場で、彼女は事務所。殆ど顔を合わせない。連絡方法は、いつも彼女から。連絡メモを届けるふりをしてのこと。  最近はタイミングが悪く、いつもぼくのそばに誰か居る。内緒の付き合いだから。ぼくとしては、誰に知られても構わないけれど、彼女が嫌がる。やはり、年上だということを気にしているのか? それとも、ぼくなんかとの事を知られたくないのか。  ぼくのポケットの中には、千円札が二枚ある。少し、金持ちの気分だ。チューインガムも入っていた。もちろん、口に入れたよ。でも、空が生憎の曇り空のせいか、噛み心地が悪い。生暖かいコーラを飲んだ時の不快感だ。長くポケットに入れていたせいかも?  何の変わり映えもしない町並み―タバコ屋・八百屋・そしてパン屋。商店街の中心地の喫茶店にでも、行こうとしていたんだ。そんな時、後ろから僕を呼ぶ声が。えっ、彼女? まさか、と半信半疑の思いで振り向いた。  いぶかしげな表情だっただろうぼくの目に、確かに彼女が見えた。ニッコリと満面に笑みをたたえて、彼女が駆け寄ってくる。今までの不快さもどこへやら、ぼくの顔はニヤけたと思う。  ほんの少し早く出かけていたら、彼女に会えなかったかも? 危ないところだった。あの喫茶店のことは、彼女は知らないもんな。そう考えると、ゾッとするよ。でも、今日のデートは最高に楽しかった。満足! 「君の名は」に感動したせいもあるけど。何だか、彼女との距離がグッと縮まったような気がする。心がピッタリとくっついて、一心同体になったような気がするんだ。途中、盗み見した彼女のほゝが濡れていたんだ。大きな粒の涙が、音が聞こえでもするように、ツツーッとほゝを伝っていたんだ。ぼく自身が泣けそうだったから、嬉しい。  帰りが遅くなってしまったので、彼女を送った。帰りが遅い? 嘘だよ、嘘。彼女と別れたくなかったんだ。彼女は、そんなぼくに付き合ってくれた。何度町内を回ったか、話が途切れそうになると、すぐまた新しい話題が出てくるんだ。おかげで、今夜は足の疼きで眠れそうにない。そうそう、夜空の星がまばたいて―光ったり消えたりして、まるで、星の女神様のウィンクのようだった。  正直に言おう。何度、衝動にかられたろう。だけど一度の衝動に負けて、サヨナラになるのは嫌だ。グッとこらえた。接吻さ、キスって言葉は好きじゃない。そんな軽い言葉では書きたくない。  彼女の唇に触れる。柔らかい唇に触れる。そして、薄く唇が開き、震える歯が小さく音を立てあう。その音に恥じらいを感じて、目を開けられない。ほんとは彼女の上気しているだろうほっぺを見たいんだけど。でも閉じたまま……。ただ、触れ合ったまま。どうしょう、いつ離れていいのかがわからない。そのままずっと?  その内、息苦しさに耐え切れなくなり、鼻で息をしてしまうだろう。そしてその吐息に弾かれるように、どちらからともなく離れる。きっと、耳たぶまで真っ赤になっている彼女は可愛いさ。そしてしっかりと抱き合って、今度は深く深く接吻をする。お互いを強く感じ合う。  ああ、だめだ。今夜は、眠れそうにもない……
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