01 死にたくなった日

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01 死にたくなった日

「……死にたい」  そんな声がこぼれたのは、ふらふらと駅まで戻ってきて、ホームのベンチに崩れるように座り込んだとき。  頭の中に、さっき見た光景がぐるぐると回る。  あれは間違いなく、七海だった。見間違えるはずがない。物心がついた頃からずっと傍にいた、誰よりも大切な、俺の幼なじみ。  放課後、校門を出たところで、彼女を見かけた。  数メートル前を、知らない男と二人で歩いていた。  同じ高校の制服を着ていたから、たぶんクラスの友達かなんかだろう。そのときはただそれだけ思って、俺は当たり前のように二人へ追いつこうと足を速めた。友達だろうがなんだろうが、七海が男と二人で歩いているのは気に食わなかったから、俺も混ざってやろうと、そう思って。  だけど途中で、ふと足が止まった。  彼らがおもむろに、手をつないだから。  駅へ向かっているのだと思った二人は、駅を通り過ぎて商店街のほうへ歩いていった。しっかりとつないだ手は離すことなく。  俺は一定の距離を保ったまま、そんな二人のあとをつけた。  頭を埋めようとする嫌な予感を、必死に押しのけながら。  やがて街のはずれにある小さな公園に入った二人は、ベンチに並んで座った。  見つからないよう、俺は離れた位置にあるトイレの陰から二人を眺めていた。  どのくらい経っただろう。  しばらく話し込んでいた二人が、ふいに動いた。  男の右手が挙がり、七海の頬に触れる。そうしてふっと七海のほうへ顔を近づけた。男の手が、頬にかかる七海の髪を軽く掻き上げる。  拍子に、目を閉じた七海の横顔がちらっと見えた。  気づいたときには、俺は逃げるように踵を返していた。  なんだ、今の。なんだ今の。  わけがわからなかった。  だって、七海だ。  生まれたときからいっしょにいる、俺の筋金入りの幼なじみだ。  気弱で引っ込み思案で、おまけに身体が弱くて。保育園ではいつも、外で走り回って遊べなかった彼女。  そんな彼女をひとりぼっちにしてはいけないと、俺はたぶん子供心に思っていて。外で遊びたいのを我慢して、いつも彼女と室内で遊んでいたのを覚えている。七海が誰かに意地悪をされたときには、俺が飛んでいって代わりに怒ったりもした。  物心がついた頃から、それは俺にとって当たり前の日常だった。  七海を守ることが、俺に与えられた役目なのだと思っていた。  小学校にあがっても、中学校にあがっても、それは変わらなかった。しょっちゅう体調を崩す七海を保健室へ連れて行ったり、下校中に貧血を起こした七海を背負って家まで送ったり。  ――かんちゃんがいてくれてよかった。  そのたび七海は、噛みしめるようにそう言っていた。  何度も、何度も。  七海は俺を必要としてくれているのだと思った。か弱く頼りない彼女を、俺が守ってやらなければならないのだと。  だから高校も、レベルを落として彼女と同じ高校を選んだ。なにも迷うことなく。俺にとって、それが当たり前だったから。  そのときにも七海は言っていた。  ――よかった。かんちゃんといっしょなら、安心だね。    なのに。 「あーあ……」  力無い声がこぼれる。  気づけば戻ってきていた高校の最寄り駅で、へたり込むようにベンチに腰掛ける。  ああ、なんか、これ、 「……死にたい」  ぼそっと呟いた声に重なり、電車の到着を告げるベルが鳴った。  三番乗り場に上り電車がまいります、のアナウンス。  俺は何とはなしに顔を上げると、線路の向こうへ目をやった。青色の車両が近づいてくる。  乗ろっかな、とぼんやり思う。このまま家に帰っても、たぶんよけいに死にたくなる。それなら街にでも繰りだそう。そう思い立って、ベンチから立ち上がったとき 「――だめです!」  そんな張りのある声と同時に、誰かが勢いよく視界にすべりこんできた。  びっくりして一瞬息が止まる。  まっすぐに俺の目を見つめたその子は、ずいっと俺のほうへ顔を突き出し 「死ぬなんて、そんな! ぜったいだめですから! 死んでも止めますから、私!」  至近距離から、必死の形相で叫んできた。
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