プロローグ 創造神の頼み

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プロローグ 創造神の頼み

 月明かりに照らされたナイフが銀色の光を放つ。  きっと、それだけを見れば大変美しい物だったのだろう。だが、それを持っているのが親友の奏太のせいで夏樹には恐ろしいとしか感ぜられない。  奏太は親でも殺されたのかと問いたくなる程鋭い眼光で夏樹を睨み付け、ナイフを握る手に力を入れ。 「ちょっとお前さ、死んでくれない? お前のせいで彼女と別れる事になったんだわ」  そのあんまりな発言に夏樹は心に杭を打ち付けられたような、そんな痛みが走った。  いつも色々と世話になっている奏太にそんな不幸を与えたしまうと思うと申し訳なくて堪らないからだ。  恐怖を押しのけるようにして現れた悲しみが涙を誘って来るが夏樹はそれをグッと堪え、奏太を見つめる。  奏太はそれが気に食わないのかナイフを持つ手に力を込めると。 「それにさあ、お前本当に役に立たねえし、俺の足を引っ張ってばっかじゃんよ。あの世に逝ったらお前の母ちゃんと仲良くヤってろ」 「――――ッ!」  最後の一言が信じられず、夏樹は思わず奏太の顔をまじまじと見た。   そして、一泊置いて悲しみと同じくらいの怒りと殺意が湧き出した。  夏樹を通り魔から守って死んだ母を侮辱したこの男を、親友"だった”この最悪な人間を、今すぐに殺せと本能が訴えかける。  だが、それを言っているのが奏太だからなのか体は動こうとしない。  それにスポーツなら何だって出来る奏太ならゲームばかりして体を動かさない夏樹なんて片手で殺せてしまうだろう。  俯いて悔しさや悲しさ、怒り、恐怖が入り混じってぐちゃぐちゃになりそうな脳を整理しようと―― 「ぅ……」  刹那、腹にナイフが突き刺さる瞬間を夏樹の黒瞳が捉えた。  遅れて熱さにも似た激痛が走り、血が、命の源が、熱が、流れ落ちて行く喪失感に襲われる。  白い靄が掛かるような、そんな意識の中で夏樹は息が掛かる程間近にある奏太の顔を見上げる。  奏太の黒瞳に浮かぶ殺意と怒り、そして少しの悲しみ。それらが手に取るように分かったのは二人の付き合いが長いからだろう。  立っているのも辛いまま、夏樹は最期の言葉を発した。 「――ごめん」  本当はもっと感謝を、思い出を語りたかったが、体が言う事を聞かない。これしか、言えない。  奏太が驚きで目を剥いた景色が、薄くなる視界でハッキリと映り。  ――夏樹は死んだ。                 ◆◇◆◇  夏樹は気が付くと真っ白で何も無い世界にただ立っていた。  体を見下ろすと死ぬその瞬間に来ていた服がそのままで、下腹部や下半身は血で汚れている。  ここは死後の世界だろうか。もしそうなら死ぬ寸前の服なんてわざわざ再現しないで欲しいものだ。 「あらあら、もう来ていたのね?」  突如、真後ろから妖艶な声が響き、振り返ると自分と同程度の背丈を持ち、ボンキュッボンな体をした女神の様に美しい女が立っていた。  その美貌を前に何も言えないでいると美女はそのメロンのような巨乳を腕で抱え、色っぽい笑みを浮かべ。 「私の美貌に何も言えないって所かしら? まあ良いわ。本題に入りましょ」 「は、はい」  急に真面目な顔になった美女に夏樹は声が震えるのを隠す事が出来ない。  人生の中で異性と会話をした事が殆ど無いのだから夏樹がここまで緊張してしまうのも仕方の無い事と言えばそうだが、まるで誘うように胸を抱く腕を動かしているのが一番の原因だ。  大変、目のやりどころに困る。  だが美女はその事に気付いていない様子で胸をグイっと持ち上げながら。 「先ずは自己紹介と行きましょう。私は創造神、死んだあなたの魂と肉体を呼び寄せた人間よ?」 「そ、そうなんですか。えーと、僕は萱場夏樹と言います。親友に腹を刺されて死にました」 「ひ、悲惨ね」  夏樹の死因が予想外だったのか驚いたような、哀れむような、そんな目を向けて色白な手で口元を覆った。  そのせいでぷるるんと揺れるメロンが夏樹の下半身に攻撃して来る。  夏樹は煩悩を振り払うように頭を振り、創造神と名乗った美女の目だけを見つめる。  すると創造神は真面目な顔で「話を戻すわよ」と呟いて胸を抱き直し。 「先ずはあなたをここに呼びだした理由は、この星をダンジョンで支配して貰うためよ」  すると夏樹と女神の丁度中間の辺りに光が集まり、やがてそれは地球にも似た惑星の姿となった。  夏樹は驚きを隠せず「すげえ」と呟きながらそれをまじまじと見つめる。  どことなく地球に似た星だが陸と海の割合が五分五分で大陸の形が全然違う事から地球で無い事は明らかだ。  中空に浮かぶ惑星の模型に見入っていると創造神が可愛い物を見るような顔をして続ける。 「この星を作ったのは良かったのだけれど、人間が調子に乗ってどんどん世界を壊す様になって来ていて、私の忠告すら聞かないで星をイジメるようになってしまったの。だから、お願い」  創造神は胸の前で祈るように、そして上目遣いで夏樹の顔を見つめて。 「世界を支配して、元に戻して欲しいの。私を、星を救って……?」  夏樹はそんな美女の頼みを、懇願を前にして二つ返事を返しそうになるがぐっと堪えて口を開く。 「それは良いですけど、報酬は何があるんです? まさかただ働きなんて事は無いですよね?」 「え、ええ。それが完了したらあなたの願いを全て叶えるわ」  一瞬、動揺を見せた創造神は作り笑いを浮かべ、胸をぽよぽよと揺らしながら言う。  だがそんな反応で中途半端に警戒心の強い夏樹を納得させる事は出来る訳が無く、創造神に返ったのはジト目だけ。  二人はしばらく見つめ合い、何も無い真っ白な空間に静寂だけが漂っていたが、その静寂を先に破ったのは創造神の溜息だった。  面倒くさいとでも言いたげな目をした創造神は無から一枚の紙切れを取り出し見せ付けながら。 「この契約書でさっきの発言を絶対の物にする。それで満足でしょ?」 「後になってやっぱ無しとか言ったらそのたわわなメロン揉みしだきますからね?」 「う、うるさい!」  創造神は顔を真っ赤に染め胸を庇うように片腕で隠しながらその契約書に何かを書いた。  書き終えた創造神は夏樹にその紙とペンを渡し、サインを求める。  夏樹は一応契約書に書かれている内容を眺め、引っかけの様なものが無いか隈なく調べ、特に怪しい所が無いと判断した夏樹は名前とついでに褒美が豪華になるように一言書き加えた。  ペンと紙を創造神に渡した夏樹はバレるかバレないか少しドキドキしながら様子を見ていると、彼女はコクリと頷き。 「これで契約は完了だ。それでは、下界へ行って来て貰おう。詳しい事は案内役のアリスに聞け」 「はいよ。そんじゃ、報酬楽しみにしてますね」 「ああ」  疲れたような溜息を吐き出しながら創造神は片手を上げた。  すると、夏樹の周りを淡い光が囲い始め、次第に光は明滅を始めた。  次の瞬間、光は真黒に変色し、それが晴れた時には一樹は消え失せ、白に塗り潰された部屋に残るは創造神だけとなった。 「はぁ……」  創造神はもう一度、大きく溜息を吐き出しながら手元の契約書を眺める。  自分の名と夏樹の名が書かれたそれは神でも取り消しの出来ない強い力を持った物。  ――不意に、創造神は違和感を覚えた。  急いで見直すと元々記されている文章に交じって、何やら一言書き加えられている。   「――――嘘、でしょ?」  創造神は心の底から、夏樹が支配に失敗してここに戻って来る事を願った。
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