第七章

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 普段は家に詰めてるお前が何でそんなに詳しいのだと水島は突っ込んで来た。 「あの人が亡くなってからあっちこち出歩くようになったの」  それはそうとせっかく本郷さんがいらしたのですから震災当日の様子をと未奈子は先ずは船長から当時の様子を本郷さんにと直接説明を促した。  船長は出された珈琲に一口つけると話し始めた。 「冷たいと言っても外気に比べれば水温は高めですからそれでも長い時間は無理でしょうね」  ーーその漂流者ですが、彼は洋服ダンスの中に居て時おり扉から顔を上げていたのを見付けました。もちろん双眼鏡でね。ブリッジには操船する航海士以外は手空きの甲板員も目視で危険な漂流物の監視の為にブリッジに上げました。操船と云っても外洋ではコンパスに進む方位をセットすれば船は自動で進みます。波があると舳先が乗り切るたびに左右に揺れる。その揺れに合わせて直進を保つ為に当て舵をします。これで誤差が少なくなります。航海士にその操船をさせて私は双眼鏡と目視で船に被害が出そうな大きい漂流物の監視に当たっていた。私はかなり大きなタンスのような物を発見して直ぐに双眼鏡で確かめていると扉が開き人の頭が見えた。それで航海士に右舷側の前方に見えるひときわ大きい漂流物に減速して接舷するように命じました。漂流物に人がいるのを確認すると停船を命じました。用意したゴムボートを接近させて彼を引き揚げました。彼は一見元気そうに見えましたが体力は限界に近かった。何より低体温症に掛かっているのを危惧して応急処置をして点滴を打ちました。三陸海岸沿いは震災で何処の病院も無理でしょう。搬送するヘリも救援物資の輸送で手が足りないから船で面倒を診ました。津軽海峡を越えて日本海側に入った頃にはスッカリ回復しましたが記憶が定かでなかったのです。そこで水島さんと相談して彼を預けました。  説明を始めた金子さんは水島さんが言ったように、好々爺が一変してこれが海の男だと云う印象を受けた。  これで加藤さんの発見時の様子は解った。その後の加藤さんについては山路さんから以前に聞かされていた。  みんなは聴きながらもクッキーは食べていたが、ここで未奈子は手付かずのビザとパイを「美味しいわよ」と小皿に分けて勧めた。若い三人はともかく年配の二人も食べ出すと結構いけるらしく自らフォークを使って皿に取りだした。
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