序章

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序章

タクシードライバーの山路(やまじ)は朝には定刻通り出庫した。この日は朝から目一杯走らせても昼間は客が少なかった。残るは夕方の退社帰りを狙って官庁街かビジネス街に車を走らせた。昼間なら営業に出る社員や職員で少しはメーターも上がるがこの退社時間帯では近くの駅でワンメーター止まりだが背に腹はかえられぬ。駅からは拾えず空で戻り片道営業でそれでもやっとで二時間で三杯積めて二千円の水揚げだった。今日は夕方の入れ食いの時間帯でもこの金額だった。郊外へ帰る客を一件乗せれば二十分弱で稼げる額だった。いつもなら切り上げで入庫する時間だった。  この日は夜の七時を回れば客足はピタッと止まり九時まで走っても客は拾えなかった。今まで十時間走ってまだ五千円ちょいでは時給五百円にもならなかった。最も会社の取り分を引くと実収は時給二、三百円だった。  今日はいつもより引き延ばして夜の九時を回ってしまったがやはり水揚げは足らなかった。もう帰らないと今週は超過勤務になり、どっかで休日を入れて帳尻を合わさないと会社は行政処分を喰ら。諦めの悪い山路は今日の最低水準を維持するために河原町を走った。まだ花見小路を流すには早すぎた。かと云って砂糖に群がる東の大都会と違ってこの街で一番の繁華街の河原町にはもう人影はまばらだった。
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