序章

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 彼が津波の呑まれた場所は特定出来ないがどうやら彼は元は漁師だったそうだ。  ーーと云うのも沖合を流されていた所を、丁度この時に通りかかった福井に向かう貨物船に拾われました。降ろされたのは越前の三国港で、そこの近くの漁業組合に預けられました。そこで元気になってから漁に一緒出して貰ったところ教えもしないのに漁船の扱いに慣れているのに驚き「おめえは漁師じゃねぇのか」と言われました。ロープの扱いもれっきとした漁師結びで、漁師飯と云うやつも勝手に作れるからだ。  場所や時間からひょっとしたらあの地震の時は漁に出て沖で津波に巻き込まれてそれで記憶喪失になったと考えるのが一番妥当な話だったんです。そこで漁師仲間に当たって貰ったのですが・・・。  なんせあの東北大震災は南は茨城県から北は青森県までの太平洋岸ですから、それにかなり広範囲に流失物が広がってアメリカの西海岸まで漂着した漁船もあるそうですから絞りきれず、未だに遭難の場所が特定できていなかった。  実際にそこで世話になって勝手に手が動き出すと断片的に身体が覚えていた物に理屈が付いて来ると少しずつ以前はこうだったと記憶が蘇りだしたんです。すると漁船の狭い世界だけでは記憶の回復はおぼつかない。  やはり漁師は疲れますから寄港すると部屋で寝込み、そして仕込みが終われば直ぐにまた出港ですから視野が広がりません。  それを見兼ねた組合長が「アンタの場合は仕事よりも自分が何者かと云う事を知るのが先決だ」と言われました。  それで陸(おか)に上がった方がアンタの為になると、以前から付き合いの有ったこの旅館を紹介されたのです。
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