第六章

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「それを知っているのは水島さんだけですか」 「メールでやり取りしているのは水島さんだけですからそうですね」 「じゃあかなり気を揉んで居るんでしょうね……」   「まあそこは加藤さんの反応を思うとハッキリしないままの方が気が楽なんじゃないかと勝手に思ってますが」 「じゃああとはあたし次第なんですね」  目許が少し笑っているのを山路は確かめた。 「まあ結果はどうであれ和やかに損得なしに再会出来れば彼も踏ん切りが付いて再出発が出来るでしょう」  好転した本郷を見て山路も楽観的に言った。 「でもあの人と私の身の上は余りにも違いすぎるそれを考えると何だかまた気が重くなりそう」  また揺れ戻り始めた彼女を引き戻す言葉を探った。 「彼自身も無為に五年の月日をただ見続けるだけの日々でしたからやっと見えた唯一の灯火であるあなたが尻すぼみすれば彼の心は路頭に迷いますから気持ちを強く持って下さいよ」  先ほどまで楽観的に言ったのが逆効果だったのか、山路は少し引き締めるように強く言い添えた。これに本郷は過敏に反応した。 「会わないなんてひと言も言ってません ! じゃあ噂だけ流してわたしが会わない(ほう)があの人には諦めが付くと云うの、そんな心が痛む悲しい結論を考えていたなんて、それじゃあ何の為にあの人との想い出を綴ったのかしら、まったく、それじゃ他の人には私の過去なんて知る権利があるとは思えないじゃないの」  最愛の人を五年前に失ってそこから這い上がるようにして捉えた幸せを誰にも邪魔する権利はなかった。あの震災で一番複雑な傷を付けられたのは、生存を手放しで喜べない此の目の前の人かも知れない。しかしそれでも頭を冷やさなければならない言葉をあえて本郷に伝えた。 「今送信した相手は親族でも縁者でもありませんよ、ただ三陸の冷たい海から救助しただけの人たちなんですよ」  ーーそうだった。目の前の山路さんも……。あたしはこんなに善意に溢れた人々に囲まれて独りよがり出来る立場じゃなかった。 「ごめんなさい、第三者、いえ全くのお門違いの無関係のあなたに意見を言うあたしは罰当たりな女なんでしょうね」 「道化師は哀しみに包まれる人を笑わすのが仕事ですから気にしないで下さい」  とにかく立ち止まるわけには行かない。だからこれからは伝達範囲を広げて加藤さんの耳にも噂のように入るようにして、もう大丈夫と云う所まで加藤さんの精神状態が安定したところで再会すれば一番良いと山路は考えていた。
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