第二章

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それから山路の軽自動車は本社の駐車場に滑り込むようにして止まった。彼は重い足取りで会社の事務所に向った。 おお !来たかと松本の作り笑いに、愛想笑いで応えてタイムカードを打った。 街の中心部から外れて郊外に百台ほどの営業車が並ぶこのタクシー会社だ。そこの事務所は小じんまりした造りの二階建で、二階が朝礼や研修に使う多目的な部屋と後は小部屋が別に有った。一階はロビー以外に受付と営業事務所があった。無線配車も一階でやっていた。 週一の朝礼も二階でやるが終われれば出庫前に何人かはそこでくつろぐのが常であった。  山路は自動販売機の缶コーヒーを飲み終われば引き摺るように営業車に向かった。まだ旅の疲れが残るのは身体でなく心だった。初対面からあの人は愛想がよかったその訳を二度目の旅で知ってしまった。あの人は旅芸人のピエロの役に成り切っていた。その心の重みが今は両脚に乗りかかっていた。 「山路さんどうしゃったんですか、昨日はずる休みですか」  隣の車番の松井が車に戻って来るとさっそく聴いて来た。  気楽ですねと云う松井に「俺より奥さんが水商売しているお前の方が気楽じゃ無いのか」とやり返した。  松井はまだ二十代前半でタクシー経験は浅く、しょっちゅう何処を流したええか聞かれてうんざりするが調子の良い男だった。以前に一緒に呑みに誘われてそこで紹介されたのが彼の奥さんだった。松井がトイレに立った時に「賑やかで良いでしょうと」声を掛けると彼女はまんざらでもない顔をしたがそっと「機嫌が悪くなると直ぐに殴るのよ」と小耳に入れられた。こうしていつも顔を合わせると奥さんの言葉が信じがたいほど今日も調子が良かった。 「これでも大変なんだから」と彼は訳も言わせずに出庫したが、奥さんから小耳に挟んだ言葉が浮かぶと一寸複雑な気持ちで見送った。
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