4人が本棚に入れています
本棚に追加
後夜祭は宴もたけなわ。
スピーカーから流れる曲調は、テンポ良くスタンダードなワルツから、しっとりした渋みのjazzが流れるスローフォックストロットへ変わっていた。
名門私立の豪奢な校舎。手入れが行き届いた芝生。夜の闇を照らす篝火とライト。
照らされて煌めく宝石のように、花のように、くるりくるりと踊る男女。
そんな背景を悠然と背負った彼女は、ロングのパーティードレスこそが似合う派手な顔立ちの彼女は、憎々しげに眦を釣り上げる彼女は、苛立ちを隠す事無く言い募る。
「あなた、たまたま八雲君とペアになれたようだけれど、一回踊ったのよね。外部性如きが、十分過ぎると思わない?
全く、下手なダンスの相手をさせられた八雲君が可哀想だわ。ねぇ、あなたもそう思うでしょう? せっかくの文化祭、八雲君にも楽しむ権利はあるのよ?」
自尊心の塊といった感じの彼女は、どうやら私が彼と踊った事が気に入らないらしい。
そして、おそらくは彼と踊りたい……んだろうな。
明らかに『私の方が彼に相応しいのよ! 庶民はひっこんでなさい!』と顔に書いてある。
丁寧に結い上げられた彼女の髪は艶っ艶で、沢山の宝石を綺麗に編み込まれた様は芸術作品のようだ。
少しつり目なのを化粧でカバーして、なんとか柔らかい雰囲気にしようとしているのが分かる。
おそらく、そうしていなければキツイ態度も相まって、ちょっと近寄りがたいタイプの美人さんだろう。
いや、こんな敵意剥きだしで蔑む視線では、どうやってもカバーしきれていない。
ドリンクを置いてあるガーデンテーブルは大きくて、他にもグラスを取りに来ている人は何人かいる。
だけど周りは音楽が流れているし、みんな楽しそうに騒いでいて、私のすぐ側に近づいて話す彼女の言葉は聞こえないだろう。
それは彼女も十分理解しているからこそ、私と肩が触れ合いそうな程近づいて脅してきているんだ。
「ねぇ、聞いているの? あなたみたいな子がこの学校へ入れただけでも有り難いと思いなさい。身の程を思い知って、このまま家へ『よ、ドリンクどれがいいんだ?』」
黙っている私にイラついた彼女が言い募るのを遮って、八雲君がひょいっと彼女の後ろから肩越しに手を伸ばした。
「八雲君!」
豪華な彼女は、さっきまでの睨みを一瞬でおさめて笑顔になった。
か、変わり身早すぎコワイ。
こんな、ザ・悪役令嬢! の現代版みたいな人、本当にいるんだ……
いや、こういう名門私立では良く聞く外部生嫌いなタイプの人ね。生粋のお嬢様で、思い通りにならない事が我慢ならない。我慢は人生に必要無かった人。少なくとも私にはそう見える。
彼女の変わり様に私が呆然としていると、何食わぬ顔で彼女を追い越して私との間に入る。そのまま八雲君は私の肩に手をかけて、一歩後ろへ下がらせてくれた。
「お話し中にすみません、先輩。僕のペアなので、彼女をお借りしても良いですか?」
あくまでにこやかに話す八雲君に、先輩はぐっと言葉に詰まる。
「そ、そうね、それでもいいけれど。ねぇ、まだ、私は誰の薔薇も受け取っていないの」
突然、薔薇だのわけ分からん事を言い出した先輩に、私は黙って空気となった。
薔薇。確かに、男子生徒はみんな胸元に薔薇を刺して来ていた。
今、こっそり周りへ視線を巡らせると、チラホラと薔薇を持って嬉しそうにしている女子生徒がいる。
そんな幸せそうな女子の隣に居る男子の胸には、薔薇が無かった。
ほう。つまり、あの薔薇は男子から女子へと贈る為に、みんな用意していたのね。
先輩と私の間に立つ彼は、にこやかな笑顔を崩さないまま、胸元の白い薔薇を手に取る。
その一挙手一投足を視線で追う先輩。白薔薇に釘づけな先輩は、自分がそれをもらえると確信して満面の笑みで口を開いた。
「仕方ないわね、受け取ってあげ『やっぱり君には白も良く似合う』」
手を差し出しかけた先輩に背を向けて、彼は私の手を取って白薔薇を重ねる。
思わず、渡されるままに白薔薇を受け取って、はっと先輩へ視線をチラリ送った。
中途半端に浮いた手を、悔しそうに白手袋翻す。美人な顔を般若のように歪ませると、芝生を蹴散らしながら先輩は踵を返して行ってしまった。
先輩の背中を見送って動けない私だったけれど、手の中の白薔薇にハッと彼を見る。
「これ? あ、えっと……あり、がとう?」
貰ったからにはお礼を言わなければ。そんな私に、彼はくっくっと肩を揺らして笑う。
「お前…… 後夜祭の薔薇の意味、知らないんだろ?」
勿論!
いや、さっき周りを見て、なんとなーく男子から女子へ贈っているとは気付きましたよ。
でも、何か特別な意味がある?
なんだろう、色とか何か関係あるのかな。
これも、内部性だけ知ってる何かがあるんですかそうですか。
これ以上は観察していても分からないし、素直に聞いてみる。
「う、うん。えっと、先輩? が欲しがってたみたいだけど、私が貰っちゃっていいの?」
まだ微かに笑っている彼に小首をかしげて問うと、彼は私の耳元へ唇を寄せて囁いた。
「勿論、受け取ったからには覚悟しろよ」
言うだけ言って、サッと離れる。悪戯っ子のように口角上げて笑む彼。手を引かれてダンスの輪へと引き戻された。
まるで、まだまだお楽しみはこれからだ、とでも言わんばかりに。
私はと言えば、突然耳元で囁かれた彼の声が耳から離れなくて。微かに感じた吐息の熱が、私の全身に火をつけたみたいで。完全に彼のペースで踊らされるがままだった。
どんな声よりも私に響く。優しく降る慈雨のように注がれて。飢えて渇いた心に沁み込んで。甘い甘い毒のように私を芯から痺れさせる。
だから、君の声は、中毒性が半端ないです……!
最初のコメントを投稿しよう!