君の声は中毒性が半端ないです

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 その声は、クラスの中でも少し低くて、いつも余裕たっぷりな含みがある。  私の耳に、心地良く響く。彼だけの音。  さり気なく私を助けてくれたあの時から、低くて甘いその響きが、私を捉えて離さない。  そんな、いつもは遠巻きに耳を傾けていただけの音が、不意に私の耳へと降ってきた。 「お前がペアか、宜しく。やるからには、楽しくやろうな」  そう言って私の机の横に立った彼は、机上に置かれた私のクジを見ていた。  ちっちゃな四角い紙に、ボールペンで雑に書かれた数字。文化祭のダンスのペア決め、ペアの相手を示す同じ番号のクジ。  びっくりして、私は思わずクジをぎゅっと握り込んで固まってしまう。  そんな様子がおかしかったのか、彼は微かに笑みを零した。  彼のモデルみたいに整った涼やかな顔は、微笑むと少しだけ垂れ目になって甘くなる。  シックな濃い緑のブレザーに薄茶色のベストと白いシャツを着て、一年生のネクタイは赤色だ。  彼が着ると只の制服のブレザーが、まるでオーダーメイドの高級スーツみたいに見える。  そこまで考えて、私はハッとした。  それで当たり前だよ! 私の馬鹿!  既製品ではなく、ちゃんとウエスト周りや裄丈なんかもキッチリ測って作られているのだ。少し大きめで買っておこうなんて人は、いない。  なにせここは、名門金持ち私立中学なのだから。庶民が無理して受験でなんとか入学した私とは、色々と違う。  家柄も良く美形でお勉強まで出来る彼。なまじ顔が整っているせいで、黙っていたり無表情な時は冷たくも感じられる。  それが、笑うと一気に幼くなって……まるで悪戯っ子みたいに微笑む彼は可愛くも思えてしまうのだ。 「う、うん、頑張るね。 よろしくお願いします」  彼を前にすると緊張して、ついぎゅっと隠すように握りしめてしまっていたクジを、再び机上に置いた。  そのクジの上に同じ番号のクジを重ねて、彼は私の前の席に座る。  雑然とした教室内は、ホームルームでのペア決めが終わり、各自ペアになって相談をしていた。  私の前の席の子も、自分のペアの所へ行ってイスが空いていたのだ。  そこへ後ろ前逆向きに座った彼は、背もたれに肘をついて余裕そうな笑みを浮かべたまま私を見ている。  中学一年の初めての文化祭。  文化部にとっては、一年で一番のお楽しみだ。絵を描く事が好きな私は、美術部に入ってみたかった。  だけどやめた。お金がないから。学費だけで家は精一杯。とてもじゃないけれど、ここの人達みたいに高価な画材を惜しみなく買うなんて無理だった。  私にとっては、少し苦い思いがある文化祭。その最後には、使い終わったお店の看板なんかを燃やして、キャンプファイヤー宜しく焚き火をするらしい。  そのキャンプファイヤーを囲んで、輪になってペアでダンスをするというのが恒例なのだと、たった今ホームルームで学級委員が得意気に語ってくれた。  中学受験をしてきた外部生の私は、そんな事知らなかったしダンスなんて恥ずかしいしで、いっぱいいっぱい。  けれど小学校受験で小学生からの内部生である彼は、良く知った様子。慌てる私を面白そうに眺めている。 「お前、外部生だもんな。もしかしたら、社交ダンスとかやった事ないんじゃないか?」 「え! し、社交ダンス? 焚き火囲んで? フォークダンスとかじゃないんだ……」 「まぁ、焚き火を囲むと言えばそうだけどな。多分、お前が想像してるようなのとは違うと思うぞ。  後、内部生はみんな小学校の体育の授業で社交ダンスやってきてて、ある程度は踊れるからな」  ひ、ひぇえええ。流石は金持ち私立学校。  公立小学校でもダンスは体育の授業であったけれど、あくまで先生と生徒での創作ダンスだった。  ……と言えば聞こえは良いが先生もダンスなんて覚えが無いから。みんなで曲に合わせてなんとなく振り付けして楽しく踊っていた。  そもそも、公務員にそこまで求めないで良いではないか。  小学校の先生達だって、教師になる時にダンスの心得まで求められるとは思っていなかっただろう。  ダンスしたいなら専任を時間単位で頼めば良いし、出来ないならお遊びダンスで十分だ。  社交ダンスと聞いて遠い目をした私を見て、やっぱりなと息を吐く彼。  溜息ともとれるそれは、彼がすれば格好良い。  例え、溜息をつかれているのが私自身であっても、つい格好良いなぁと思ってしまう。 「ま、何にせよ俺の相手はお前に決まったんだから、キッチリ面倒見てやるよ」  あぁ…… そう言って彼が浮かべる微笑みは、本当に中学生なのかと言いたくなる程に、格好良い。  あの日から、気付けば私は彼を目で追ってしまっていたが、彼はそれに気付いているだろうか?  声変わりが終わる一歩手前の彼。少し低めで、でも少年期な音色も残した魅惑的な声。彼の声で聞かせてくれるのなら、いつまでだってなんだって聞けそうだ。  目の前で少し悪戯っ子のように笑みを浮かべる彼へ、私は心の中で叫んでいた。  君の声は、中毒性が半端ないです!
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