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二人っきりの時間を抜けて、彼と足早に向かったのはクラスの教室だ。
文化祭当日の今日だけ屋台出店の為に、材料置き場と着替えの場所となったクラスの教室。
手芸部が作ってくれた衣装に着替える為、簡易のパーテーションで仕切られた一角があった。
売り子で着ていた甘い匂いのアリス風エプロンドレスを着替えようと、私と彼は教室に戻ってきていた。
クラスの出店で着替えたりするからと、男子が教室の中に作ってくれた着替えスペース。男女用に、其々一つずつ。みんな後夜祭へ向かった後なのか、教室には誰も居ない。
ザラメや色付きキャンディや包装の袋に棒なんかの在庫が、隅にまだ少し残されていた。わたあめを作って良く分かったのだけれど、ほんの少しのザラメで驚く程に作れる。
作る傍から飛ぶように売れていったけれど、それでも余るとは思わなかった。
ちなみに衣装は、わたあめを作る人と売り子で分かりやすく分けている。
女子の作り手は白黒チェックカラーに上品な深みのある赤のエプロンドレス。売り子は正統派な青と白。
どちらもヒラヒラ凄く可愛い。 流石はアリスドレス、安定の可愛さだ。
男子の作り手はチェシャ猫モチーフな白と紫っぽいピンクの服。どことなくサーカスを彷彿ともさせるかもしれない。
少しゴスロリっぽい感じのシャツには、大きめのリボンタイ付き。パンツにも飾りベルトなんかが付いてて、着る人を選ぶ見た目だ。
その為、クラスでも可愛いと評判の男子が作り手を任されていた。
選ばれた本人はかなり不本意な顔でわたあめを作っていたけれど、私も口には出さずに【似合うなぁ】と思って見てた。
売り子は帽子屋みたいなイギリス紳士ぽい服で、カッコイイ系の子が任されていた。
そう言えば彼も本来は売り子を頼まれていたのに、なんやかや理由を付けて断ってたみたいだ。
そんな事を考えながら、教室の後ろのロッカーから着替えの入った手提げを出す。
「じゃあ、俺も着替えるから」
そう言って軽く手を振ると、彼は男子用のパーテーションへ消えていった。
今の彼は制服だ。ダンスの服、どんなのに着替えるんだろう?
私も着替えを持って女子用へ。誰も居ない教室は、上靴の足音がやけに響く。なんとなく足音を忍ばせてしまう。
簡易の頼りないパーテーション越しに同じ教室で着替えてるだなんて、しかも二人きりで誰も居ない。
服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえて、妙にドキドキした。
脱いだエプロンドレスを丁寧に畳んで手提げにしまい、用意したワンピースに着替える。
入学祝いに、お父さんが買ってくれたワンピース。
中学の友達付き合いで恥ずかしい思いをしないようにと、初めてブランド店に入って一緒に選んでくれた。
手触りの良い滑らかな布地に、そっと袖を通す。
少し苦労しつつも、なんとか後ろのホックを止めて、仕上げに軽く髪を整える。
誰が持ち込んだのか、着替えスペースにはちゃんと姿見が置かれていた。
売り子をしている間は、邪魔にならないようポニーテールにしていた。背中の中程まで伸ばした髪をそのまま下ろして、両サイドだけ少し取って後ろでまとめていく。
よくお嬢様方がやっている髪型で、なんだか少し気恥ずかしい。
いつもはザッと一つに結んでるだけだから、こんな少しの変化でも浮かれてるみたいで…… いや、実際に浮かれているんだけど。
それを知られるのは、なんとも恥ずかしい!
しかし結った髪にバレッタを差し込むのなら、この髪型が良いかなと思う。
上品な深緑のワンピースに身を包んだ私は、丁寧に結った後頭部に髪飾りをさす。鏡の中の自分では、バレッタは見えない。だけど自分の髪に飾られた花を想って、頬が熱くなる気がした。
深緑のシックなワンピースは可憐なレースが襟元や袖口や裾にあしらわれ、所々に銀糸の刺繍も施されている。
色味的には少し地味かなとも思ったけれど、着てみると刺繍やレースが十分華やかだ。
……私が着るには、上等過ぎるわ。どうしよう。似合わないって、背伸びし過ぎだって笑われたら。ううん、そんな事する人じゃない。だけど自信が無いの。ただ、自分に自信が無いの。
「そろそろ出来たかー?」
「あっ、は、はい!」
彼の少し心配そうな声がかけられて、私は思わず上ずった声で答えた。
しまった、思ったより着替えと髪飾りに時間かかっちゃったかも。大丈夫、大丈夫。鏡の自分に言い聞かせる。
髪型OK、ワンピースOK、靴は下駄箱の所に置いてあるOK。
遠慮がちにかけられた彼の声に、深呼吸一つして彼の前へ出て行く。
私を瞳に映した彼の、息を飲む音が私の耳に届いた。
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