君の声は中毒性が半端ないです

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 ペア決めのホームルームから数日過ぎて、特に揉める事も無く、文化祭の準備は着々と進んでいった。  私のクラスは綿菓子屋さん。  喫茶店とか人気のお店は、三年生。一年生は、出店と決まっていた。  それでも、フランクフルト屋、ラムネ(とはいえ数種類のジュースを売っている)屋、綿菓子屋の中では当たりを引けたと思う。  フランクフルトは鉄板で暑そうだし、ジュースは何かと重たくて準備が大変そう。  綿菓子屋は機械をリースして、後は割り箸と砂糖のザラメだけで、簡単に出来る……と、思う。  ふわふわ軽いし、材料余ってもザラメだし。  ほんの少しのザラメから大量に出来るらしいから、準備から片付けまで簡単じゃないかな。  とは言え、ここは金持ち私立校。  フランクフルト屋さんのフランクフルトは、外国製のぶっとくてジューシーな本格お肉らしい。  ジュース屋さんも、瓶ラムネと一緒に冷やされるのは、お高そうな瓶入り炭酸水とかみたいだ。  庶民の私には、暇を持て余した金持ちの遊びに見える。いや、遊び半分だよね、文化祭だし。お祭りだもん。  などと、放課後の教室で看板を描きながら、なんとはなしに物思いに耽っていた。  いかんいかん、筆が止まってしまっていた。ちゃっちゃか描かねば。  空き教室で床に広げた紙の上、体育のジャージ姿で四つん這いになって筆を構える私は、再び手を動かし始めた。  看板を描くといっても、いきなり木の看板に直接描く訳じゃなくて、大きな紙に書いて紙を看板へ貼るのだ。  クラスメイトの中でも美術の得意な数人が集まって、看板係となってペタペタ描いている。  大きな紙の上では、幻想的な空の背景に気取った文字が躍っている。 【いつか見た、あの日の雲を】  と書く予定だ。私が担当しているのは背景の方。  ……この看板から、綿菓子屋さんと認識出来るのだろうか? そんな疑問も湧くけれど、店先に完成品を袋入りで飾るみたいだから大丈夫かな。  やはり、金持ちのセンスは分からない。 ペタペタペタペタ……  黙々と筆を動かして、いい加減膝が痛くなってきた頃。大分描けてきたかなと、一旦紙の上から退いて全体を見下ろす。  うん、悪くない。いや、結構良く描けてるんじゃない? ふふ、思ったよりもいい出来だ。  幼稚園のあの時から、私はガリ勉太郎ならぬ、ガリ勉子になると決意した。  そんな私の唯一の趣味は、絵を描く事。  幼稚園に入って暫くしてから父子家庭になった私は、よく一人でお絵かきしていた。  お迎えはいつも延長保育の最後になってて寂しくて、でも走って汗だくでお迎えに来てくれるお父さんを見ると、寂しいも我儘も何処かへ消えていったものだ。  お父さんの大きな手が、私のちっちゃな手を大事に大事に包んでくれて、その日の事をいっぱいいっぱいおしゃべりしていたっけ。  だけど目的達成の為に、必死に勉強した。頑張った甲斐あってなんとか今、私はこの名門私立中学にいる。あの頃の私からは、想像も出来なかっただろうな。  大好きなクレヨンやクレパス、色鉛筆を持っていたのが、どんどん描かなくなっていった。ううん、描けなくなっていった。描いてる時間があれば、一つでも多く英単語を書いたり数式を解くようになった。  それだけの努力をしなければ、とてもじゃないけれど私が入学なんて出来なかったから。   そんな私と引き換え、家庭教師つけまくり早期教育準備万端で育てられた坊ちゃんお嬢さん方は、流石に勉強も良く出来ていた。クラスのみんな普通に凄い。  私はと言えば、塾にも通わず図書室と放課後の先生を捕まえて教わるだけ、勉強漬けの毎日で本当になんとか滑り込みだった。  だから、こうして勉強以外の唯一の趣味を活かせる場が出来るのは、凄く嬉しい。  金持ちのボンボンと言えば、甘やかされてワガママな人が多そうなイメージだけど、そんなドラマみたいな人は少数だ。全くいない訳では無いけどね。大多数は、小さい頃から塾とか習い事を当たり前にこなしている人達。  などと考えながら、再び絵筆を取ってペタペタしていると、教室のドアが開いて数人の男子が入ってきた。 「スゲー! 看板大分出来てきてるな。 みんなお疲れー、休憩しようぜ」  他の男子と一緒に入ってきた彼が、ビニール袋から飲み物を出して、手近な机に並べていく。  私以外にも描いていた数人が、軽く伸びをしたりして好きな飲み物を取っていく。  なんとなく、クラス唯一の外部生な私は残り物にしようと、中々手を出せない。  うん、なんか、遠慮というか、真っ先には手を出さない。  いや、決して虐められてる訳でもないんだけれど、なんか、気後れしてしまうというか……  いいのだ、残り物には福があるのだ。  そう、最後まで筆を動かしてみんなに飲み物が行き渡るのをそれとなく横目で見ていると、不意に後ろから午後ティーのペットボトルが差し出されると同時に声がした。 「よぉ」 「ひゃっ」  後ろから、顔のすぐ横に差し出されて驚き、思わず反対側に飛び退く。  絵の具が付いた筆を落とさなかったのは、我ながら褒めたい所です。 「頑張ってるなぁ。 けど、休憩くらいみんなと一緒にしよーぜ」  彼が、隣でしゃがみこんで、にっと笑った。  だから!  ふ、不意打ちをするには、君の声は心臓に悪いです!
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