君の声は中毒性が半端ないです

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 校舎裏の非常階段上の踊り場で、サイダーを飲む彼と二人きり。  見下ろす先の校庭は出店で賑わっているのに、上を見上げる人はいなくて誰も私達に気付いていない。  こんな近くにいっぱい人がいるのに、この小さな踊り場では彼と私の二人だけなのが、なんだか不思議に感じた。  何を話せば良いのか分からなくて、視線を彷徨わせれば、遠くに桜並木が見えた。  勿論、今は桜の季節じゃないから花は無くて、ただの街路樹に見える。  それを眺めていると、あの日の事が思い出された。  それは、桜の舞う季節だった。  満開の桜並木を通って、今日から通うんだと中学校の門へ歩みを進める私。  ドキドキと心臓がうるさくて、前夜は緊張からあまり眠れなかった。  頑張った。  頑張ったんだ。  お世辞にも地頭が良いとは言えない私。  要領だってよくない私が、こんな有名私立中学に外部入学する為に、本当に地道にコツコツと頑張ってきたんだ。  門の前に立ち、まるでチャペルのようにも見えるお洒落な真っ白い建物を見上げた。  学校指定の、茶色い鞄をギュッと握りしめる。  これでーーこれで、あの時からずっと思い描いてきた目的を達成出来るだろうか?  あの時、お父さんと二人してわんわん泣いた夜から、ずっとずっと頑張ってきたんだ。  お父さんには内緒で、絶対にココに来ようと、幼心に決めたんだ。  はやる鼓動を抑えて、一歩一歩ゆっくりと足を運ぶ。  門をくぐって、自分のクラスへと向かう私。  下駄箱の所で靴を履き替えていると、隣にいた女子が何かを落とした。  靴を履き替える時に前屈みになって、髪から滑り落ちたらしいソレは、スワロフスキー製みたいなキラキラした小さな髪飾りだった。  入学式でお洒落をしたかったのか、彼女の頭にはあちこち髪飾りをつけられている。  小さいのが一つ滑り落ちても、気付かない様子でそのまま歩いていく。  私は慌てて髪飾りを拾って声を掛けようとしたんだ、そしたらーー 「ちょっと! あなた、それをどうするつもりなの?」  髪飾りを手にした所で、後ろから怒気を孕んだ声を掛けられた。  びっくりして、思わず髪飾りを手の中にギュッと握りしめて振り返ると、キツそうな顔付きの美人な女子が取り巻きを連れて立っていた。 「え…… あの」  突然、見知らぬ数人に囲まれて、咄嗟に言葉が出てこない私を睨んで、キツめの美人さんは言葉を続ける。 「それは、文香さんの髪飾りではなくて? 私、少し離れた所から見ていましたけれど、文香さんが靴を履き替える隙に髪から抜き取ったんではないのかしら?」 「そん『言い訳は無用です!あなた、身嗜みもなってないし、外部生よね? 入学初日から、手癖の悪い事ね』  私の言葉にかぶせるようにして、美人さんは言い募る。  誤解だとも言えず、義憤に駆られたように勘違いの正義を振りかざそうとする。  た、ただ、落し物を拾っただけなのにーー  周りの生徒からもチラチラと見られて、ますます言葉が出なくなってしまった。  どうしよう、なんて言ったら分かってもらえるのか。  目の前で、正義は我にあり! と言わんばかりの美人さんが勝ち誇った顔をしている。  ああ、周りのみんなも、外部の貧乏一般生が盗んだと思ってるのかな。  もう、最悪だーー  グッと口を結んで溢れそうな涙を堪えていると、美人さんの後ろから男子が割って入ってきた。 「よぉ、お前ら入学式初日から遅刻すんぞ」  その声は、少し低くて、余裕たっぷりな含みがある、なんとも魅惑的な声だった。 「や、八雲君! これは、彼女がーー」 「落し物だろ? 俺もたまにやるけどさ、履き替えるのに前屈みになってると、胸ポケットからハンカチ落とす時あるよな。 女子なら、髪に刺してるだけのモンなんざ落ちるだろ?」  当たり前のように言って、八雲君と呼ばれた男子は私の手から髪飾りをそっと取る。美人さんへ窘めるように言うと、私へも労わる様に声かけてくれた。 「ほら、落し物なら届けといてやるから、遅れるぞ。 悪りぃな。コイツ、悪気は無いんだが、勘違いの多い奴なんだ」 「そんなっ! ……私の、勘違い、なの?」  美人さんは、キツそうな目つきを和らげる。  私と八雲君を交互に見て、しょんぼり肩を落として軽く頭を下げた。 「……私、早とちりしてしまったようね。その、見かけない顔だったし、よくない先入観もあって、その、ごめんなさい」 それを見て、周りの生徒達も『いつもの早とちりかぁ、六条さんの勘違いね』といった小さな声がパラパラと聞こえてきた。  そしてーー  そうして、私の中で、彼の声は特別な音になったんだ。
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