君の声は中毒性が半端ないです

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 吹奏楽部の奏でる流行りの曲が、体育館から流れてきた。  演劇部の上演が終わって、吹奏楽部の演奏が始まったんだろう。初めての文化祭が、少しずつ終わりへ近付いている。  帰宅部の私は、クラスの屋台手伝って終わる筈だった。いや、一応後夜祭のダンスはあるけれど。私がこの学校で、誰かと一緒に文化祭を楽しむことが出来るだなんて、思いもしなかった。  踊り場の手すりから、学校の外壁通学路沿いに植えられた葉桜の木を見ている私へ、八雲君がにぃっと笑いかける 「ほら、ここなら人目を気にしないで食べられるだろ? 人も来ないし、イイ穴場なんだ。内緒な?」  そう言うと、はいと袋からフランクフルトを一本取って、私に差し出す。出されるままに受け取ったのを見て、もう一本を取り出して嬉しそうにかぶりつく。  ぼうっと入学式の日を思い返していた私の意識は、彼の声と美味しそうな匂いで一気に引き戻された。  ぶっといフランクフルト。ぱりっぱりの皮の中で、ジューシーな脂がじゅわじゅわしているのがうっすら透けて見える。それを豪快に口を開けて、けれど器用に汚れないよう食べる八雲君。  ぐぅ、お、美味しそう。  ごくりと唾を飲み込んで、私もかぶりついた。  ぷりっぷりの皮から溢れるジューシーなお肉! それは、予想を超えて一噛み一噛みが、肉の旨味を伝えてくる。  溢れ出そうになる肉汁も、スパイシーに肉の旨味を引き立てる香辛料も、これが肉だと言わんばかりの食べ応えある太さも。八雲君の前で緊張していたのが、お肉の美味しさに崩れていく。  はふはふと、まだ少し熱いフランクフルトをかじっては、冷たいサイダーを飲む! 贅沢ぅ!  八雲君の言う通り、誰も来ないし人目が無いからとパクパク食べていった。  そっか、私が人前で大口開けては食べ辛いだろうと、ココに連れてきてくれたのね。  ……?  いや!  人目、あるじゃない!  そう、八雲君がいるではないか!!  ガツガツでは無く、あくまではふはふと食べていたのがせめてもの救いか。  半分以上食べたところでその事に気付いて、私は夢中で食べていた視線を上げる。  伺うように上目遣いでチラ見したら、とっくに食べ終わって満足顔の彼と視線が合った。 「ん、うまかったなら良かった。 クラスの売り子頑張ってたし、腹減ってるだろなと思ってさ」  まるで、その辺の野良猫に餌をやるような感覚なんだろうか?  でも、いつもより少しだけ優しい響きを含んだ声に、私はさっきよりも小さく口を開けて食べていく。 「ホント、お前ってなんかいつも一生懸命なんだよな。それってさ、ここでは珍しいっていうか…… なぁ、なんでココ受けたんだ?」  突然の質問に、噎せそうになって軽く咳き込んだ。 「悪りぃ。いや、お前、外部生にしては成績そこまで良くないだろ? バカにしてるとかじゃ無くてさ。  やっぱ外部生は内部生の平均より合格ライン上だからな。だから入学後も、外部性は成績上位で張り出されてるのが多いだろ。  けど、お前テストの順位そこまでじゃなかったから……なんでかなって。  それってさ、結構、無理して頑張ってんじゃないのか?」  少し慌てた様子で、彼は私の背中を優しくさすってくれる。  近付いたら、制服のジャケットから彼の香りがした。  なんだか落ち着くウッディ系の中に、ほんの少しだけ甘さを含んだベルガモットみたいな香りがした。  柔軟剤にしては今まで電車とか人込みでも感じた事の無い香りだし、香水とかだろうか?  お洒落で爽やかな彼と違って、私はと言えばただの石鹸の香り(制汗剤)である。  軽く咳き込んでからサイダーを飲んで落ち着いた。  炭酸がシュワシュワするけれど、そんなに炭酸がキツくないから、ゆっくり飲めば平気だった。 「その、私がこの学校へ来たのは、なんというか……」  尻すぼみに口籠る私を見て、彼は少し困ったように眉を下げる。 「いや、無理に言わせたい訳じゃないんだ。悪いな。んじゃ、腹拵えもしたし、そろそろ行くか!」  何でもなかったように、にっと笑って微妙になった空気を変えてくれる。  ゴミをまとめて待つと、背を向けて階段を下りようとする彼。  なかなかクラスに馴染めない私を、なんだかんだと気にかけてくれているのは分かってる。  誰に対しても、さり気なくフォローしているのを見かける。  だからか、クラスや同学年の子達だけじゃなくて、上級生からも人気者な彼。  前に助けてもらったのに…… いや、入学式だけじゃなくて、その後だって何かと助けてもらってた。  なのに、私は、彼のささやかな疑問にもこたえられないの?  言いたい、でも、言いたくない。  迷う気持ちは、彼が階段を下りる一歩を踏み出した【カン】という音を聞いた時、口が勝手に喋っていた。 「私っ、私がココに来たのは……復讐、かな? ううん、もう、どうしたいのか、今では自分でもよく分からないの」  頼りない私の声に、彼は足を止めて振り返った。
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